あおり運転の犯人を助けよう

彼は間違いなく病んでいる。

それだけだと思う。

精神病には鬱病や、自律神経失調症などたくさんある。

30年前、家に引きこもっている人や、会社に突然いけなくなった人をみて

「怠け病だ」と多くの人はいった。

当時は、まだそういう病気があることを認識できていなかっただけなのである。

おそらく彼は病気である。

それは、現在の精神医学では分類できないものだろう。

我々がわからないからといって、現在知っている知識のなかだけで、判断すると間違ってしまうのは自明で
ある。

奈良時代に、月が地球の衛星で、ロケットでいけることを知っている人はいなかったわけである。

本気でうさぎが餅をついていると思っていたわけである。(時代が違うかも)

現代人は月にロケットで行けるようにまでなったわけである。

一方で、奈良時代も現代も、月は月のままである。

基本なにも変わっていない。変わったのは、我々の認識だけである。

彼を擁護したいとも思わない。罪は罪として、償わなければいけない。

政治的な問題として、こういう問題を起こす人を事前に取り締まることはできないということがある。

まわりにいる多くの人は、「あいつはそのうちやらかす」とわかっていても、

なにもできないのだ。そして、何かを起こして(事件を起こして)ようやく警察が動きだすのである。

加害者の人権に配慮しすぎていて、被害者のほうがほったらかしにされるのである。

というよりも、彼らは事務的に仕事をしているだけなのだ。

この事件では死者が出ていないが、死者がでる場合もあるわけである。

人は助け合わなければ生きていけない存在である。

意識しているか、いないかにかかわらず、ああいう人たちも困っているのである。

そういう人も、救っていかないと、いい世の中は実現できないと思う。

我々日本人は先達のおかげで、このような高度に発展した社会を築くことができた。

日本は私が知る限り、世界一すばらしい国家だと思う。

それゆえに、もっともっとよくしていかないといけないと思う。

世界一の国が、もっとよくなれば、世界全体がよくなるからである。

彼が逮捕されて、「いいきみだ」「ずっと刑務所にはいっていろ」と思っている人が
いるとすれば

それは間違いだ。

彼のような人が、更生して、普通に生きられる社会をつくることを実現しなければ
いけない。

そんなに簡単ではないが、できると思う。

時間はかかるかもしれないが、できると思う。

あの行動は彼の心の叫びなのだ。「たすけてくれ、自分ではどうしようもできない。
なんとかしてくれ」

結果的に彼の思いは通じ、逮捕されたのである。
現在の司法制度では、執行猶予か軽めの実刑がつき、まもなく彼は
社会に復帰するだろう。そして再犯を繰り返すという悪循環に陥る可能性が高い。
それをどう止めるかが、行政の意義であると思う。
犯罪を犯した人が社会に復帰するには、思いやりだけではだめだ。
普通に考えてみたほうがいい。どれだけ彼と彼女が病んでいるのか。
更生医療が必要なのかもしれないし、ある程度強制的になにかをしなければいかない
のかもしれない。そういう問題は、国会議員になるための票につながりにくい問題と
いうことでほっておかれているのだ。
年金問題よりも、はるかに重要だと私は思う。
安心して暮らせる社会というのは、お金に不自由のない社会ではない。
お金がなくても、病気になっても、万が一犯罪者になっても、
安心して暮らせる社会が、安心できる社会である。
精神的な疾患を患う危険性は誰もが持っているのだ。
遺伝的な場合もあるかもしれないし、何らかのストレスで発症する場合もあるだろう
し、様々な要因があるわけである。
例えば人間は誰でも老いれば、記憶力が鈍くなってくるわけである。
アルツハイマーと診断されようがされるまいが、
そうなっていくのである。
ああいう事件が起きた時に、他人事と考えてはいけない。
自分自身や、自分の身の回りの人が何らかの理由で精神疾患を患い、似たようなこと
を行う可能性は誰にでもあることなのだ。
彼に対しては、むしろ同情の気持ちを持つべきだと思う。
多くの人が優しくなった時、この世界は大きく変わっていくと信じている。
きれいごとではなく、理想論である。
すべての人が理想を共有化した時に、夢は夢でなくなるのだ。
我々の社会の多くの人はお金という紙切れに大きな価値を見出しているではないか。
原始時代の人間に「これはお金といって様々なものと交換できる便利なものだ」といったら
殺されるかもしれない。
簡単な話である。まずは小さなコミュニティからはじめて、ひろげていけばあっという間に実現できる。

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