ライオンは全盲の実子を見捨てるが、他人の子供を育てる。

この間、アニマルプラネットを見ていたら、
ライオンの親子のドキュメントをやっていた。
子供が2匹生まれ、
1匹はおそらく全盲のようだった。
母親は、健常な子供だけを連れて行き、
全盲の子供は、おそらく餓死か、他の動物の餌食になるのである。
競争社会では、全盲のハンデがあっては生きていけない。
自然の掟である。
ところが、その母ライオンが怪我をして死んでしまうのだ。
残された子ライオンは、乳を与えてもらえる存在がなくなり途方にくれる。
そこに同じ群れのメスライオンが近づいてくる。
どうなるかと思って、ドキドキしていると、
そのメスライオンは自分の子供と同様に、母のいなくなった子ライオンに
乳を与え、育ててあげるのである。
ライオンは群れで生きているから、あくまでも群れ全体で子育てをしているのだ。
本当に心からほっとした。
野生動物のルールは、種族の保全という点で一貫している。
これを人間社会にそのまんま持ち込んでしまうと、相当やばいことになるだろう。
人間が野生動物とは違う生き物であることを再認識したわけである。
今の日本は、すばらしい環境である。
どんな人であっても、基本的に受け入れて、助け合う思想が浸透している。(浸透していない人もいるとは思うが)
先日、日本テレビの深夜番組、ドキュメント19で、全盲の夫婦が三人の子供を育ているドキュメントをやっていたが、
すごい幸せそうだった。子供ものびのびと育っていて、両親が全盲としてのハンディは
ほぼないと感じた。
番組内で、子供が「パパ色鬼やろう?」といったら、「パパは目が見えないから色鬼はできないよ」
といっていたが、ハンディといえばそうであるかもしれないが、どうでもいいことである。
ちなみに色鬼とは、鬼ごっこのバリエーションで、例えば赤色を指定されれば、

逃げるほうは赤色の何かに触れるまでの間に鬼から逃げ切れればいい、という遊びである。

目が見えないから、コミュニケーションは
全盲の夫婦のコミュニケーションは、触れ合うか、話し合うことになる。十分に抱っこされ、毎日じっくりとお話をしているから、
子供たちの顔には、幸せそうな満足感しか写っていないのである。
五感の中で、人間は視覚が一番重要だと思ってしまうが、そうではないような気がする。
一番重要なのは、触覚なのかもしれない。
子供に触れ合うということが重要なのだと思う。
このお父さんはすごい人で、日本で数人しかいない、全盲の弁護士なのである。
全盲で弁護士になる努力とは大変なものであるが、
それを受け入れる社会も大変な努力をしているわけである。
つまり司法試験は、全盲の人でも受験できるように、点字の問題を作成したり、
様々な配慮をしているわけだ。
また実際に弁護士で働く彼に対して影のようにつくそってくれるサポートスタッフの存在がなければ
彼は弁護士として働くことはできないのだ。
日本は本当にすばらしい国である。
あのライオンの世界とは全く違うからである。
日本にもかつてそういう時代があった。
まだ部分的にはにたような価値観を持っているひとはいる。
世界にはそういう国もたくさん残っている。
今の日本が完璧であるとは思わないが、相当にいい国であると思う。
なぜ、人間は助け合わなければいけないのか?
それは生き残るための答えだからなのである。
例えば、世の中にいるすべてのひとは、全員、全盲になるリスクをもって生きているのだ。
突然事故にあって、眼球にキズがつけば、
すべての人は全盲になる可能性があるのである。
全盲に限らず、すべてのひとにはありとあらゆるリスクがあるわけである。
突然、精神病になるかもしれないし、突然両手両足がなくなるかもしれないのだ。
どんな人でも安心して暮らせる社会が実現できれば、
我々は怯えないで生きていくことができる。
本当の安心を手に入れるための道のりは決して簡単ではない。
でも、このビデオをみて、その階段を我々は着実に登っていることを実感した。あ
もっともっと、バリアフリーや、様々なことを実現していかなければいけないと思う。

そして、ありとあらゆる人が安心してくらせる社会を実現することが目標であり、

これはいつか必ず達成できると、私は信じている。

10年後なのか、100年後なのか、1000年後なのか、それは分からない。

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