他人から嫌われることを、気にしない人生観、

私はずっと他人の目を気にして生きてきた。
自分がどうするかではなく、どう思われるかを意識して生きてきた。
いつのころからだろうか。
おそらく、4年間の不登校がおわり、18歳で普通科の高校に進学した頃からだと思う。
まわりは全員2歳年下で、卒業するまで私だけが2歳年上だった。
それまでは、他人の目を気にしなかった。自由な少年だった。
現在、53歳である。ようやく昔のように他人の目を気にしないで生きれるようになってきた。
私のことを嫌いな人はいる。私だってそんなやつ嫌いである。
私のことを嫌いなやつに、好きになってもらおうとする努力は無駄である。
どんどん嫌ってくれといいたい。
私は気にしない。むしろ関心をもってくれてありがとうといいたい。
私が好きでない人とは、
他人を下げずむ人
権威を振りかざす人
人を支配しようとする人
既得権を維持しようとする人
行動しない人
自分を卑下する人
社会のことをを考えない人
である。
そんな人に、好かれたいとも思わない。
私の夢はシンプルである。
世の中全ての人が、心から幸せだと思える社会をつくることである。
そんなに難しいとは思わない。
地球にいるほとんどの人は、お金をという紙切れに最大の価値があるという幻想を抱いているではないか。
猿が知ったら、大笑いするだろう。「人間は紙切れに価値があると思っているのか?食べられないのに?』
それにくらべたら、
全ての人が思いやりを持ち、他人を助け、この世の中をよくしようとすることのほうが、よっぽど
現実的な幸せを獲得できる方法である。
最初、お金を使っている人をみて、笑った人はたくさんいただろう。
そんな時代でも人類は助け合って生きていたわけである。
だから我々が、今、生きているんだ。
ちょっとゆがんでしまったが、揺り戻しが必要なのである。
私が生きている時代で実現できるかわからないが、500年以内には実現できるのではないかと思う。
自分が感じることを、大切に生きている。
なんか突然、やりたいと思うことを、やってしまう。
俺のことを無視した友達に、手紙を書いた。「お前とは一生つきあわない」こんなことを書く必要はないの
であるが、なんか書きたくなったので書いてポストに投函してしまった。
大人気ないと思う。でも、そうしたいと思ったから、やったのである。
気分はすっきりした。彼は中規模の会社の社長である。
彼に嫌われるのは損なことかもしれない。でもいいではないか、そんな嫌なやつにヘコヘコして
生きていたって楽しくないよ。そいつに金をめぐんでもらうなら、泥水をすすろうよ。
こんな日本なんだから、餓死はしないだろう。なんとかなるわけである。
生きているってすばらしい。嫌なことはいっさいやらない。好きなことだけをやっていきていく。
14歳の時、映画のロッキーをみて感動した。
あの時、不登校じゃなかったら、あんなに感動していなかったと思う。
ロッキーに感動するために、もしかしたら不登校になったのかもしれない。
おかげさまで、感性はかなり豊かになったと思う。
すべてのことに感謝していきている。あいつにだって感謝している。
俺の気持ちを奮い立たせてくれたから。本当にありがとう。

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