書道をはじめた理由は、楽しいから。楽しいことだけやっていると、人生は楽しくなる。

最初のきっかけは、営業のお礼の手紙を直筆で書くのであるが、あまりにも自分の字がきたないので、
もっときれいに書きたいと思ったのがきっかけである。
近所にある書道教室に通い、ペン習字を習ったのだ。
先生から、「毛筆もやってみたら?」といわれ、何気なくはじめたらはまってしまった。
理由は、いくつかある。
書道はデザインであることに気づいたからである。
デザインに興味は持っていたというか、広告代理店で20年も営業をやっていたので、仕事でやっていたわ
けであるが、習ったことは一度もなかったわけである。
書道を簡単に分類すると、
①きれいな文字をかくこと(とめ、はね、はらいをきちんとやる)
②それを適切にレイアウトすること
③文字の意味も考えながら、その意味にあった雰囲気の字を書くこと(炎であれば力強く、愛であればやさしい感じとか)
ということであり、まさにデザインである。しかも、言葉の意味を考えるので、
コピーライティングの要素もあるのだ。
自分自身の気持ちを表す言葉を考え、それを紙に書くって、とても楽しいことに気づいてしまったのだ。
字をきれいに書くことに集中すると、全体のレイアウトを忘れてしまう。
レイアウトを気にして書くと、字がきたなくなってしまう。
その両方を同時に出来た時の、うれしさはとても高いのである。
なんか「やったあ」という気分になる。
他人の評価ではなく、自分が「書きたい」思っていることがあるていど表現出来た時に、
とても気分がいいのだ。
気持ちが安定していない時に、1時間くらい筆で書いていると、気分がすっきりする。
次元が1つ上がるのである。
そんな時に出てくるアイデアは、とてもいいものがある。突然、「〇〇さんに連絡をとろう」という
気持ちになって、電話をしてみると、新しい仕事が生まれたりするのだ。
気に入った言葉は部屋に貼るようにしている。

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波動があってない人のそばにいるととても不快である
波動が同じ人のそばにいると、心が落ち着くものである
「この人いやだな、ここからはなれたいな」と思っても
我慢して、「それが自分のためだから、がまんしよう」と
思って、本当に自分のためになったことなど一度もない。
無駄な時間を多めに過ごすことになるだけである。
そのことに気づいた時に、この文字を書いたのだ。
逆に、「この人といると楽しいな」と感じたら、その人と仲良くしようと思う訳である。
そういう波動を感じて日々生きているわけで、
権威とか、合理性とかではなく、自分の感性を強く信じることがとても大切だと気付いたのだ。
そういう思いを表現する時に、書道はとてもいいものだと思う。
言葉はとても重要である。言葉があるから、人間なのである。
怒っている、うれしい、などの感情は猿でも表現することができるが、複雑な気持ちを言葉なしでは表現
することはできないわけである。
いい言葉をつかえば、いい人生になるし、悪い言葉をつかえば悪い人生になる。
書道がいいのは、いい言葉だけを書くからである。
自分が書いた言葉は、自分の身になっていくわけで、他人のことはどうでもいいのである。
こうやって、パソコンで文字を打つことも、書道も基本は同じであるが、そこにデザインの要素が追加され
るのが書道の魅力である。
考えてみるとわかるが、ビジネスとはデザインである。ひと、もの、かねをどうデザインするかが、
ビジネスの本質である。だから、デザイナーとして優秀な人が、優秀なコンサルタントになるのは自明なの
である。(佐藤可士和のように)

*私の通っている書道教室(世田谷区経堂)https://coto.shuminavi.net/iad8-850c/school/sd89-e164-4eed

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