9月1日は、子供の自殺がもっとも多い日


夏休みが終わろうとしている。
新学期を楽しみにしているおめでたい中学生や高校生が果たしてどれくらいいるのだろうか?
多くの生徒は憂鬱な気分でいるわけである。
7月まで頑張って学校にいっていても、
この1ヶ月じっくり考えて、
行きたくなるとしたら、その判断は正しいのだ。
人間には様々な本能があり、
熱いやかんに触れれば、飛び上がるように、
本能で「行きたくない」と感じているのであれば、
いかないほうがいいのだ。
親はたいてい行かせようとする。
「しっかりしなさい」とか「あなたのためよ」とか「がんばりなさい」という。
それは、子供のことを考えているようで、実は自分の都合しか考えていない人間の視点なのだ。
行きたくないとしたら、行きたくない理由があり、それを自分の本能が止めてくれているのだ。
やかんと同じ原理である。
私は自分の息子にこういっている。
「自殺だけはだめ。あとは何をやってもいい。」
「じゃあ、殺人をしてもいいの?」と次男が聞いて来た。
「産婦人科医になったら、毎年何人かの赤ちゃんを人工中絶という手術で殺すことになる。
フランスの外人部隊に入れば仕事で人を殺すことになる。たくさんの職業の中で、人を殺す仕事は
けっこうある。だから、場合によっては殺人はいい。でも、自分で死ぬことだけは何があっても
だめだ。あとは何をやってもいいよ」
彼が小4で不登校のときに、この話をしたのを思い出す。
中学生や高校生にとって、学校は自分の人生のすべてである。
でも長い人生からみると、一瞬のようなものである。
うまくいかないなら、逃げればいい。
死ぬこと以外は何をしてもいいのだ。
親であれば、こう考えよう。
「生まれてきてくれてありがとう。ここにいてくれてありがとう」
それだけである。それ以上を望んではいけない。
もし、子供を抱きしめることができるなら、そういう関係ができているなら、
子供は自殺を考えたりはしないはずだ。
もし抱き合うことができれば、問題は解決したのと同じである。
でもそうではないはずだ。
よく「元気でいてくれれば、何もいらない」という人がいるが、
そんなの贅沢すぎる。
「いてくれるだけでいいのだ」
元気じゃないこともあるし、病気の時もあるし、落ち込む時もあるわけである。
それが普通の人間なのだ。
子供をひとりでも死なせたくないと心から思う。
ただ生きてさえいれば、いつかは何かをするはずだ。しなくたっていい。
わたしたちの社会は、すべてのひとを受け入れることができるくらい成熟していると思う。
受けなければいけない人は、生活保護を堂々と受ければいい。
国は毎月15万円程度支払ってくれる制度があるのだ。
気にする必要はない。
すべてのひとは、存在そのものに価値があるのだ。
私は日本を誇りに思う。
私が中学生のころと比べると、どれほどこの国はよくなったか。
比較にならないほど、良くなったと思う。
当時は教師の暴力は日常だった。いまでは事件になるではないか。
無論、まだまだ問題は多くある。でも明らかに良くなっていると思う。
一気にすべて解決するのは、すべてのことにおいて不可能であると思う。
ある程度時間が必要なのである。
自ら命を絶つこどもがひとりもいなくなる社会を実現したい。

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