DNA鑑定でわが子じゃないと怒る人は、犬の血統書が間違っていたら怒る人と同じ:人間性が低い

事件の深読み


元光GENJIの大沢樹生が
以前、自分の子供のDNA鑑定をしてみたら、自分の子供じゃなかったと判明したことがあった。
目的がなんだか知らないが、
もし、それで(口でなんというかではなく)本当に気持ちが子供から離れるのだとすれば、
かなり特殊な人だと思う。(彼がそうなのかどうかはわからないが)
ようは、血統書つきの犬を買って、数年間家族として暮らした後で、
その血統書が間違っていたことが判明し、
「こんな犬はだめだ」と捨ててしまう人と同じである。
自分の血を引いているからかわいくて、そうでなければかわいくないという発想は
かなり特殊であると思う。
遺伝子マニアというか、そんな感じである。
昔はそういう人は、本当に多かったと思う。
豊臣秀吉はその代表である。
自分の実子が生まれたら、養子にしていた甥っ子を殺しちゃったのだから。
皮肉な話で、結果的にそこまでして守りたかった自分の遺伝子は、
その息子の代で完全に消えてしまうわけである。
自分の遺伝子だけを残したいと思うのは、本能ではなくエゴである。
犬や猫と暮らしているほぼ全ての人は、
彼らを人間と同じ家族として扱っている。
彼らと血縁関係があるわけもなく、彼らは人類ですらないのだ。
こちらの感覚のほうが普通だと思うが、かつては違っていたわけである。
人は人、動物は動物、という価値観は間違いなく存在していた。
私はこれは人類の進化であると思う。
価値観の変化という進化なのだと思う。
DNAを繋ぐとかではなく、同じ気持ちを共有できるものたちとの絆を継続するという考えである。
世の中は、着実に、少しづつ、よくなっていると確信している。

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