イチローの1年目は無名であったが、今と何も変わっていなかった:成功者とは

楽しく生きるコツ

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日本野球史上最高のプレイヤーであることは間違いないだろう。
でも彼はドラフト4位で、
1、2年目はレギュラーでもなく、半分も試合に出ておらず、
そのまま消えてしまってもおかしくないような記録だったのだ。
理由はいろいろあるが、
監督が土井から仰木にかわり、イチローの才能に気づいた仰木監督が、
きっちりとスタメンで起用するようになり、いきなり首位打者である。
歴史に、もしとたらはないが、あのまま土井監督のままだったら、
そのまま引退していた可能性だってあるわけである。
人生は巡り合わせである。
たいした選手でなくても、めぐりあわせだけで、大きく伸びる人だってたくさんいるわけだ。
全然違うジャンルであるが、
ボクシング世界ジュニアミドル級チャンピオンだった工藤政志という選手がいる。

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彼は決して強いチャンピオンではなかったが、
強豪ひしめく世界重量級において
エアポケットのように、強い選手が誰もいない時代があり、その時にチャンピオンになり
3回も防衛したのである。
彼から王座を奪ったのは一流のチャンピオンのアユブカルレという選手だったが、
その彼でも数年後、スーパースターのシュガーレイレナードに簡単にKO負けをくらっている。
レナードが活躍している時代と、工藤が王者だった時代のこのクラスは
たった数年離れているだけなのだが、草野球とプロ野球くらいのレベル差があったように思う。
というよりも、レナードの時代がボクシング史上最高レベルだったのだ。
でも記録上は、工藤は3度も防衛したチャンピオンである。
数年デビューが遅かったら、世界ランカーにさえなれなかったであろう。
長い人生のなかでは、
くすぶっていたイチローの1〜2年目のような時期も、
工藤のように大きなチャンスが巡ってくる時の両方があるものである。
ふたりに共通しているのは、
自分を信じきっていたというところだと思う。
人間はちょっと悪いことが続くと、すぐに諦めてしまうわけである。
それでも信じ続けることができるかだけが、人生を左右するのだ。
イチローが1〜2年目くすぶっていたのは、メジャーリーグで活躍するためには、
それくらいの閉塞感が必要だったので、そういう状況になったのだ。
工藤は、実力以上の結果を、運というものを最大限につかって勝ち取ったのだ。
対照的にも見える、二人であるが共通点も多いのである。

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