昔のアイドル分析(ベイブ:Give me up!で一世風靡)

ちょっと笑える話

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BaBe(ベイブ)というアイドルユニットがいた。
1980年代の後半に一世を風靡し、レコード大賞で新人賞もとった。
ピンクレディまでの二人組ユニットは、
基本的に二人の踊りが同じか、左右対称であったのであるが、
最初から最後まで二人とも別々に違う踊りを踊るコンビの走りである。
この後、Wink や PUFFYなどが続いたのである。

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最大のヒット曲は、ユーロビートのカバー曲である  Give me up! であるが、洋楽だとレコード大賞新人賞が
もらえないので、似たような曲を急につくったのだ。どっちがどっちなのかわからないようなI don’t know という曲で、レコード大賞新人賞を取ったのである。(これはこれでいい曲だと思うが)
彼女たちは、なんというか、事務所の管理が甘いというか、
踊りや歌はうまかったが、令和のアイドルのようなストイックさが全くないアイドルだった。
デビュー当初はしおらしく振舞っていたのであるが、徐々に地が出てきてしまい、
事務所もコントロールできなくなり、消えてしまったのである。直接の解散理由は、二階堂ゆかりのできちゃった結婚である。
おそらくこの時の反省から、各事務所は、踊りや歌のレッスンだけでなく、私生活の管理をしっかりやるのは無論、
スカウト時点での資質の見極めを厳しくするようになっていったのである。
弥生顔が近藤智子で、縄文顔が近藤ゆかりである。


当時のナンバーワン歌謡番組であったTBSのザベストテンに二人が初出場した時、
黒柳徹子がマイクを出して、「自己紹介してください」といったら
「近藤です」「二階堂です」
と苗字でこたえていた。
黒柳徹子は、「お二人とも立派なお名前ですね」と、絶妙なリアクションをしていたが、
それはそれで、黒柳さん地だったのだと思う。
普通アイドルであれば、名前でいうか、フルネームだろう。
まあ平たくいえば、歌と踊りのうまいヤンキーなのであった。
しばらくすると、二階堂が妊娠してしまい、そのままBaBeは解散。
しばらく近藤智子はピンでレポーターとかをやっていた。
夕方のラジオ番組のレポーターをやっていた時に、
「わたしって本当にバカなんですよ。割り算できないんっすよね。足し算と引き算はなんとかできるんですけど」
と、普通にいっていた。
それを聞いていて、「そうなんだ。割り算できないんだ」と妙に納得してしまったのを思い出す。
近藤智子も間も無く跡形もなく消えてしまった。
私は今でもたまにYouTubeで当時の歌を聞き、楽しんでいるのである。

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