元逆鉾(井筒親方)死す、なぜ元力士は短命なのか?私の解釈です。

生きる理由

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元逆鉾(井筒親方)が亡くなった。58歳だった。
思いつくままに、最近亡くなった元力士を列挙すると、
横綱千代の富士、元横綱双羽黒、大関貴ノ浪、横綱隆の里・・・・すごい数の人が亡くなっている。
他のスポーツでは類がないほどだと思う。
なぜ、元力士の、それも親方が早死にするのか?
普通に考えれば、力士は暴飲暴食で不自然に身体を大きくしているわけで、そういった負担によって
長生きできないと言われているわけである。
そういう側面は確かにあるだろう。
どう考えても、身長175cmで、体重180kgは太りすぎだろう。
相撲以外のスポーツ選手でこんなに太っている人はそうはいないだろう。
でも、それだけではないと思う。
もっと大きい問題があるのだ。
とにかく一番でも多く勝って、一枚でも上の番付にあがることを目標にやってきたのに、
急に、「後進の育成」などを目的にすることは、簡単ではないのだ。
人間は目的がないと、生きることが出来ない生き物である。
もし本気で、長生きすることだけを目標にすれば、それはそんなに難しくなく達成されるはずである。
でもそういうモチベーションで生きることができる人は、稀である。
全ての人は、必ず何かしらやりたいことがあるのだ。
でも、多くの親方になるような力士たちは、自分の目標を少なからず達成してしまった人であるのだ。
相撲取りで、出世するのは並みではない。
最近、168cmで98kgの炎鵬という関取が活躍しているが、
彼は並みの努力で出世したわけではない。逆にいえば、身体がでかいだけで通用する世界ではないということだ。
本当に血の出るような努力をしたものだけが、関取になれるのだ。
そしてその中の極一部が親方になるわけで、この達成感たるや、普通の人が経験できることのない達成感である。
東大法学部を出て、大蔵省に入省するよりは、狭き門である。
その後に、新しいモチベーションを見つけることは、それこそ並ではない。
最初から指導者になりたいと思っている人は、稀である。
本来は指導者になる資質と、力士として強いことは、イコールではないのに、無理やり
強い相撲取りだけが指導者になれるような仕組みにしてしまったことに問題があるのであるが、
それも加味されて、引退して親方になった人のモチベーションは低いわけである。
いうなれば、親方になることがゴールであり、その後のモチベーションがあまりないのである。
今回、亡くなった井筒親方は横綱鶴竜を育てたわけで、
これも大きな目標達成である。
親方の定年は65歳である。それまでたいして努力をしなくても給料は補償されているわけで、
かりに弟子が関取になれなくても、けっこうな収入は入るのである。
ようはがんばらなくても生きていけるのだ。
プロ野球の監督やコーチは大変だ。10年以上やっている人なんて、ほとんどいないわけである。
監督はたった12人しかいないのだ。
それに比べて、相撲の親方は105人が定員である。
しかも65歳の定年まで安泰なのだ。

まあ、普通に人気力士であれば、たいてい親方になれるのである。
舞の海が、親方にならなかったのは、当時の親方の娘との政略結婚が嫌だったといわれていて、
本人が望めば、なれたはずである。

人間は目的がなくなると、生きていけない生き物なのである。
大きな目標を達成した人であればあるほど、それを超える新たな目標が必要なのである。
清原が覚せい剤に手を出したのは、
新しい人生に目標が見いだせなかったからだと思う。
彼は生きているが、生きる屍(しかばね)のような状態である。
人生とはよくできていて、清原の場合でいえば、これから普通の生活に戻るということが
大きな目標になり、新たな生きる目標ができたわけである。
そうなる人もいるし、そのまま死んでしまう人もいるのだ。

困難がきたら、嬉しくなるくらいで丁度いい。
それが、いい人生である。
楽になったら、さらなる困難に向かい、挑戦することに喜びを感じる。
そういう人が、年をとっても
活躍している人なのである。

大相撲でいうと、
元琴風の尾車親方や、
元朝潮の高砂親方などは、
そういう感じの人であると思う。

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井筒親方のご冥福をお祈りする。

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