犬猫の殺処分0のためには売買禁止しかない理由

既得権者利益


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毎日、多数の飼いきれなくなった犬猫が殺されている。
多くの人は、なんとか殺処分が0になるように努力しているわけである。
街頭で募金をする人もいるし、売れ残った犬を買い取って育てている人もいる。
行政が処分をする直前に、引き取って育ててあげる人もいる。
でも0にはならない。
根本的な原因は店頭で犬猫を売買しているからである。
犬猫の殺処分は玉突き問題なのである。
店頭で売っている犬猫は、血統書付きのかわいらしい個体である。
いくら売れ残っていて、そこそこ大きくなっていても、相対的にけっこうかわいいので、
引き取り手はあるものである。
よって、店頭で売られているような犬猫が殺処分される可能性は低いのだ。
理屈で考えるとわかる。
世の中には、犬猫を飼うことのできる人の数は一定数存在する。
仮にそれが100だとすれば、100頭の犬猫を飼うことができるわけだ。
そこに120の犬猫がいたとすれば、20頭が飼うことができなくなるので、
殺処分されるのである。
比較的かわいい犬猫から売れていくので、最後に残るのは、雑種だったり、成犬だったりするわけである。
何がいいたいかというと、かわいい血統書付きの犬猫は殺されずに、そうではない犬猫から
殺されていく可能性が高いのである。
犬猫と生活した人はみんな知っている。
彼らが人間と何にも変わらない存在であることを。
嬉しい時もあるし、機嫌が悪い時もあるし、怒るし、あまえてくるし、人間の言葉を話せないだけで
あとは人間と全く同じ存在である。

一方で、彼らは商品としては大きな価値がある。数年前のトイプードルブームの時には、1頭100万円くらいの
「ティーカップ」と呼ばれる小さめの茶色の子犬が飛ぶように売れていた。
今はブームも落ち着いてきたが、1頭数十万円で売られている犬猫はザラにあるわけである。
単純に考えて、それらの犬猫をうまく販売できれば莫大な利益が見込めるので、
多くの業者が参入し、一大産業になっているのである。

スーパーに行ってみると、野菜が売り切れているという場面に遭遇したことはないと思う。
売り上げロスを防ぐために、彼らは必ず在庫を切らさないようにいするのだ。
ということは、つまり、かならず廃棄する商品がでてくるわけで、廃棄処分を前提に
店舗は運営されているのである。

犬猫がペットショップで売っているのは、これと全く同じ理屈なのである。
売り上げロスを防ぐために、つねに在庫を満たしておくのである。
それでは注文販売にすればいいかというと、
それで飼う人など、ほとんどいないわけである。
よって、商売でやることによって、必然として売れ残りが出てくるのである。

ある程度の規制が必要というよりも、売買そのものを規制しないといけないものであると私は考える。
ここで出てくるのは、既存の業界の大反対である。
「我々の生活はどうなるんだ」
「いままでよかったのに、なんでだめなんだ」
「犬猫なんだからいいじゃないか」
半端ない反対運動になるかもしれない。

時代とともに価値観は変わるのだ。
米国で少し前までは黒人が奴隷として販売されていた。
日本でも最初は女性に参政権はなかった。
人間と同じように生活し暮らしている存在を店舗やネットで売買していいと思うかという問題である。
政治とはこういう時に動くものであると思う。
そのために失業する人をどのようにケアするか、
真剣に議論する必要がある。
最近でいえば、タバコの問題に近いと思う。
私が大学生のころは、政府の公式見解として、「タバコは体によくないのかわかっていない」であった。
それが明確に、「ガンの発生リスクがあがります」に変化して、増税とともに大幅な減産になり、
現在に至っている。
犬猫をいきなり売買禁止に持っていくのは難しくとも、10年後に完全売買禁止を設定し、
段階的に廃止していくのが、いいと思う。
こういう話はなかなか一般の政治家が興味をもたないが、私が思ったのは
「NHKををスクランブル放送にする」ということと比べて何ら遜色のない、
大きなテーマであると感じたことである。
イメージしてほしい。ネットサイトで、人間の赤ちゃんの写真がずらりと並び、そこには値段がついている。
クリックすると、買えるのだ。
同じことを我々はやっているのだ。その小さな赤ちゃんは人間ではなく犬か猫なだけである。
それをおかしいと思わないほうが、おかしいと思う。
私はペットショップの店頭で、「かわいい」とかいっている人をみるとゾッとする。
おそらく200年前米国で奴隷売買をしていた人は、同じような感じで黒人を見ているのだと思う。

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