恐竜が滅亡した理由から考えてみる:人間はなぜ生きるのか?生きる方向について。

生きる理由


この地球には何かの普遍的な法則がある。
生物が進化し、恐竜が滅亡し、人類が誕生し、今日まで続いているなかにその法則がある。
証明する必要もない。
みればわかることである。
恐竜はどんどん大きくなり、巨大化していった。そして滅亡した。
ネアンデルタール人はホモサピエンスより大きく強かったという。
でも彼らは滅亡し、我々は生き残った。
理由は集団行動だという。ネアンデルタール人はせいぜい数十人の部落で暮らしていたが
ホモサピエンスは数百人単位の部落で暮らしていて、チームワークに大きな差があったらしい。
これだけでもかなりいろいろなことがわかる。
ひとつは、大きくなりすぎてもダメだということである。
大きさは、個体の大きさということもあるが、絶対数もまたしかりである。
数十年前人類は、40億人くらいだったのが、現在は70億であり、これからどんどん増えていく。
増えすぎる(大きくなりすぎる)のは抑制しないといけない。
二つ目はチームワークである。
できるかぎり多くの集合知をつかわないといけないのだ。誰かひとりの天才を探すより、
多くの人で集まり役割分担をして行うのだ。
すべての人は創造の担い手であるという意識を持って相手に接するだけで結果はちがってくるわけである。
あいつはだめだから、優秀なひとを探そうではだめなのだ。
何のために生きているのか?
目的を持つことも大切である。
人類の繁栄のためという目標をたてたとする。
では、人類の繁栄とはどういう状況のことであろうか?
現存する人類すべてが、衣食住を保証されている状況であれば、現代の日本ではほぼそれが達成されているのだ。
つまり、それはもうすでに目標ではない。
もちろん、世界中を見回せばそうでない国も多数存在するわけであるが、いずれ達成してしまう可能性
は現実的に高いので、やはり次の目標は必要である。
すべての人類全員が笑って楽しく暮らせる社会を実現することは不可能なのだろうか?
私はそれはできると思う。
そうしたら、本当に嬉しい。
特に、これから生まれてくる子供達がすべてそういう社会で暮らせるとしたら、なんてすてきなこと
だろうと思う。
世の中には気の合わないひともたくさんいるわけだ。
でもそういう人とも、楽しく共存できたら、理想である。
そういう人とはできるだけ距離をおくことが、お互いの幸せであるなら、そうすればいいと思う。
気にくわない人を排除するのではなく、なんとか共存できるように努力すればできると思う。
すぐには無理なのは当然だ。
だって、国家レベルでいえば、北朝鮮のような国も存在するわけであるが、
世界レベルでみると、内戦が起きていないだけ、北朝鮮はむしろそんなに悪い国家ではないのである。
そんな状態なのだから、すぐには無理だろう。
でもつい150年前まではちょんまげを結っていたいた日本人も、人工衛星を打ち上げるくらいの
ことができるようになったわけで、そのうち実現できると思う。
「世の中はそういうものだ」という考えは、私は好きではない。
私が中学生のころ、学校の教師は普通に暴力をふるっていた。暴力を振るわない先生はやる気がない
くらいに思っている親もたくさんいた。
でも世の中は大きく変わったではないか?
今、教師が暴力を振るうと新聞に出るようになったわけである。
世の中は短期間でも大きく変わるのだ。
私はたいした人間ではない。
よく怒るし、機嫌が悪い時は悪いし、品行方正とはとても思えない。
酒気帯び運転で捕まったことは2回あるし、まあ普通のおっさんである。
でもちょっとは世の中をよくすることに貢献したいと考えている。
自分の身の丈にあったことをやって、世の中を少しでもよくしたいと思う。
私の考える理想は、
私の息子の子供の世代の人間全員が、毎日楽しく、笑って暮らせる社会をつくることである。
それを想像すると、なんか笑ってしまうのだ。
でも50年後くらいには、この日本で実現していると思う。

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