恐喝(カツアゲ)にあった思い出(小学3年生)誰にもいわなかった。

日常の出来事


忘れもしない小学校3年生の時の話である。
私は東京都杉並区浜田山に住んでいた。
自転車で5キロくらい先の久我山の駅のそばに、当時では珍しいフィールドアスレチックの公園ができたので、
友人のSと二人で自転車でいったのだ。
神田川の川沿いの道を自転車で走っていた。
当時、道路は舗装されておらず、砂利道というか泥道だった。前日に雨が降っていたので
ぬかるんでいた。
久我山に近づいたところで、道端に二人の男の子が佇んでいた。我々よりは学年が上の感じだった。
その前を通りすぎたところで、そのうちの一人が、
「おい、とまれ!」と叫んだのだ。
私とSは自転車をとめて、おりた。
「お前の自転車が泥を飛ばして、俺の足についたぞ。どうしてくれるんだ」
私は彼のズボンをみたが、全く汚れていなかった。
「なにもついてないじゃない」
と私がいうと、「お前はメクラか」といわれた。
「ふざけるんじゃねえぞ」とすごまれた、明らかに、喧嘩の押し売りである。
私は何がなんだかわからなかったが、一人ではなかったので気が大きくなっていた。
Sは私よりも身長も高く体もがっちりしていて、強そうな感じであり、
寡黙であったが、みんなに一目置かれる存在だったのだ。
私は、「こっちは何にも悪いことしてねえだろう」と大きな声でいった。
「おめえ何年だ?」と聞かれたので
「3年だよ」と答えた。
「おれたちは5年だ。てめえ生意気なやつだな」といってきた。
私は先手必勝と思い、そいつの腹を蹴り上げた。殴り合いになったのであるが、
Sをみたら、ガタガタと震えているではないか?
「てめえ、助太刀しろよ」といったら、
「ぼくは・・・・あのう・・・」というだけで、下を向いている。
2歳年上で、2対1である。私は一方的にやられた。顔を拳で殴られて、唇がきれて血が噴き出していた。
顔面を殴られると、唇が簡単に傷だらけになることを、この時初めて知った。
体中どろだらけにされ、なんか涙が止まらなかった。
そいつらは、私のポケットに入っていた財布から、小銭を奪い消えてしまった。
最初からカネ目当てだったようである。
泣いてボロボロになっている私はSの顔をみたが、Sは何もいわなかった。
私は泥だらけの顔に涙のあとがついていたので、この状態を母にみられると、泣いていたことがバレると思い
公園に行き、水道で顔を洗った。
喧嘩に負けたことはとても恥ずかしいことだと思ったので、誰にも知られたくはなかったのだ。
母には、「自転車で転んだ」とだけいって、殴られて傷があることも、金をとられたこともいわなかった。
いって調べればすぐにあいつらの身元もわかったのであろうが、そういう発想は私にはなかった。
まあ、母が気づかないくらいだから、そんなに大した怪我ではなかったはずである。
相手が私を殴る時に、ボクシングでいえば、ジャブのようなパンチだった。
パチパチ顔にあたり、そのたびに唇が切れていくにぶい感じは、今でもよく覚えている。
この事件のあと、明らかに変化したことがあった。
私とSとの人間関係である。完全に主従関係になったのである。
私の命令には基本的に何でも聞くようなになった。
考えてみると、個人差はあると思うが、他人を殴ったり殴られたりすることはそんなにあるものではない。
私自身でいえば、合計しても10回以下である。(もう少しあったかもしれない)
貴重な経験であり、男としては、決してマイナスの経験ではないと思う。
他人を殴ったことがない人は、距離感がわからないものである。
考えているよりもかなり近づかないかぎり、パンチはあたらないものである。
遠くから殴って、かりに当たっても効果はたいしてないのだ。
至近距離から打たないと、効くパンチにはならないのである。
人生には無駄な経験など何ひとつないのである。全てが必然であり、何らかの意味があるのだ。
そしてその積み重ねで今の人生があるのである。

タイトルとURLをコピーしました