あとになってから感謝すること:ありそうで絶対にないこと

楽しく生きるコツ

私も何回かいわれたことがある。
「今はわからなくても、いつかお前は感謝する日がくる」
現在、53歳になったが、今のところは一度もない。予想としては今度もないだろう。
新入社員で入社した時に、最初の先輩がエキセントリックな人で、執拗なイジメを受けていた。
殴らられることもあったりして、本当に辛かったのである。
彼のイジメ方は、
例えば、社内にまわす稟議書の書き方を、てきとうにすらっと説明する。こっちが質問しようとしても、
すぐに怒鳴るので、怖くて聞けないのでとりあえず、話を聞きおわり、
何日かして、その時教えた稟議書を書けというのである。
当然ながら、あまり理解していないので、何箇所か不備がるのであるが、そこでボロカスにいうのだ。
場合によっては、殴ることもあった。
1991年のころである。
2019年であれば、パワーハラスメントという行為がよくないと浸透しているが、当時はそんな言葉さえ存在しない時代である。
女子社員のお尻をさわっても、「コミュニケーションをスムーズにするためです」といえばお咎めなしだったのである。
その先輩に話しても殴られるだけなので、その先輩の上司にある日相談した。
その時に、その先輩から
「今はわからないかもしれないがお前もいつか、彼に感謝する日がくるよ」といわれ、絶望したのを思い出す。
その上司はどんどん出世して、結局役員にまでなった。私をいじめていた先輩はいまもヒラ社員である。
冷静に振り返っても。無論感謝などかけらもない。ただし、こういうことだけはしてはいけないという
反面教師になっている。そういう意味では感謝している。
会社とか組織というのはちゃっかりしていて、法律に触れたり訴訟になるかどうかをかなり細かく見ていて、
ここまでは大丈夫という線引きをするのが、天才的にうまいのである。
何がいいたいのかというと、
今は恨まれても、将来感謝されるなんてことはないということをいいたいのだ。
恨みは恨みである。
自分自身が負の連鎖に飲み込まれて行く時には感謝することはあると思う。ようは自分が加害者になった時の言い訳である。
世の中は複雑なようでシンプルである。
私がすこしだけ後悔しているのは、そういう上司からのイジメを受けている時に、早く逃げ出せばよかったのに、
けっこう我慢してしまったことである。
私は結果的に耐えられたけれど、そこに何か悪いことが重なったりしたら、精神が完全に崩壊していたかもしれないと思うからだ。
「いやだなあ」と思うということは、「そこから逃げろ」と教えてくれているのだ。
本能に逆らってうまくいくはずがないのだ。
徹夜の勉強が辛いなら、「眠れ」ということである。その反面、眠気が吹っ飛ぶほど熱中して勉強することもあるだろう。それは
「やれ」ということである。
あまりにも低レベルな話でいうと、「だったら一日中ごろごろして何もしたくない」という人もいるかもしれないが、
そうすれば、失業してしまうわけである。
極端な話をする。
イチローは大リーグに挑戦する前に、父親に反対されたという。父は中日ドラゴンズに入って欲しく、また年上の女房も
気にくわないといったらしい。
イチローは父と絶縁し、大リーグにいった。
引退の記者会見で、彼は父親について触れることはなかった。
野球を教えてくれたのは父親であり、父がいなければおそらく野球戦になることもなかったはずである。
父はイチローの才能に気づき、好きなゴルフをやめ、そのお金をすべて
息子のバッティングセンターのお金に捧げたという。コーチ付きで。
そのまま、中日の選手になっていたら、
イチローは、「あの時、大リーグに行かないように止めてくれてありがとう。お父さん」といっていたかもしれないが、
それは間違いだ。
その時は、そんなに大した選手にはなっていないからだ。

考えるな。感じろ。そして行動しろ。
Don’t think, Feel, and Act.

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