農業の授業での思い込みの強い教師の思い出、よく考えてみると・・・

笑える笑えない話


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東京都内の私立の中学に通っていたのであるが、農業の授業があった。
日本で一番学費が高いので有名な学校なので、独自のカリキュラムを持っていたのだ。
まあ、はっきりいって金持ちの道楽みたいな農業である。
ついでにいえば、溶接の授業なんかもあった。
私は不登校だったので、ほとんど学校には行っていなかったのであるが、
ある時、この授業に参加した。
風邪気味だったので、農作業をやるのは辛かったので、見学届けに記入して
担当の教師に提出した。
そうしたら、その先生が突然大声で怒鳴り始めた。
「お前はいったい何を考えているんだ?。農業の授業に見学なんてことはないと説明しただろう。
見学届けではなく、労作種別変更届を出せとあれほどいったのに、お前はバカか?」
といわれたのだ。
たしかにそういうような説明を受けたような記憶はあるのであるが、
彼が何をいっているのか、何に怒っているのかが、中学生の私にはよく理解できなかった。
「正座をしてろ」とわれ、畑の前で1時間正座をしていた。
もちろん、そいつが見ている時だけである。
強烈な思い出なので、大人になってからも何回か思い出すのであるが、
ようやく彼が怒った理由が理解できた。つまり、
農業には、そんなに体力をつかわない作業もけっこうあるので、仮に体調が悪くても、
草むしりなど、できる作業はある。重労働はしないけど、できる作業をやれといういみで、
体育の時の見学届けとは、分けて「労作種別変更願」という書類を提出することに
ルール上なっていたことを、私が理解していなかったので怒られたのだ。
あの時の、真っ赤になって、口から泡を吹き出しながら、私に怒鳴りまくった先生の顔は
今でも忘れられない。
この学校の先生は、多かれ少なかれ、似たような人ばかりだった。
生徒は金持ちばかりなので、親からけっこういい接待を受けていて、それが当然だと思っている人も多かった。
学校自体がそういう親たちの寄付でできているようなところだったので、当然という風潮だったのだ。
中学生の私にとっては、それが私の世界の99%だと思い込んでいたので、
「それを受け入れることのできない自分はなんてダメな人間なんだろう」と思い込んでいた。
一般的にいって、異常なのは学校側だと気づいた時には、けっこうな大人になっていた。
現在でもこの学校は存続しているが、多少は変化しているのだろう。
まあ、ろくな学校ではないことは確かである。
間違っても、この学校に自分の息子を入れるなんてことはできない。私なら北朝鮮に移住する方を選ぶ。
この学校の標語に、
「人生のもっとも辛い嫌な場面を笑顔でいろ」というような言葉があったが、絶対に間違っていると、今は確信している。
そんな辛い嫌な場面からは、とっとと逃げないといけない。やせ我慢して笑顔でいるなんて、人格が崩壊するだけだ。
でも、この学校のおかげで、いろいろなことを考えさせられて、
私は大きく成長することができたわけである。
そういう意味ではとても感謝している。すばらしい反面教師である。
中学で留年し、そのあと中学浪人も経験し、普通科の高校に入学したのは18歳の時である。
制帽をかぶり、詰襟りの制服を着、頭は刈り上げにさせられて3年間通ったものである。
それらすべての経験が今の私をつくってくれたのである。
幸せとは、不幸からの落差でもある。落差が大きければ大きいほど、幸福感は大きくなるものである。
ずっと金持ちでいたら、金がはいっても幸せだと思わない。
貧乏から金持ちになるから幸せを感じるのだ。
人生に偶然はひとつもない。すべてが必然であり、今の自分をつくっているのだ。
あの先生にも感謝である。好きではないが。

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