駄菓子屋の親父の思い出(杉並区、浜田山、福屋)やさしいおっさん 感謝

日常の出来事

昭和四十年代から五十年代に
井の頭線の浜田山界隈に住んでいた小学生で
福屋をしらない子供はひとりもいないだろう。
駄菓子屋である。
考えてみると、すごいことである。
2019年、もう影も形もない。
この店のおじさんは、ほんとうに面白いひとだった。
子供から単純に金を巻き上げるようなタイプではなく、けっこう子供の親とも
連絡を取り合ったりして、地域密着型の営業をしていた。
小学校三年の時、この店で買ったヘビの人形を

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私は自宅の電子レンジの中にいれておいた。
母はびっくりして飛び上がり、本当に泣いていた。私はその様子をみて大笑いしていたのであるが、
後にも先にも、私の母が本気で私を怒ったのはこれが最初で最後だった。
母は16歳で私が酒気帯び運転で捕まって、警察に迎えにきてくれた時でも怒りはしなかったのにである。
まあ、あとで聞いたら、
「私が子供のころ住んでいた家のそばに藪があり、そこからたまに本物のへびが飛び出してくるので、
ヘビは今でも本当に怖いの」と教えてくれた。
私は母に叱られても、全く堪えなかったのであるが、そうしたら、翌日この駄菓子屋にいくと
おじさんから、こっぴどく叱られた。
「おまえ、お母さんをびっくりさせたんだってな。そういうことをやるもんじゃないぞ。今度やったら、
もううちの店で買い物をさせないからな」といわれ、
この駄菓子屋で買い物ができなくなったら、人生が終わるほど辛かったので、素直に聞いたものである。
お袋が文句をいいにいったのである。

当時、私がどういうお菓子をを買っていたのかというと、

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こんな感じである。
普通のお菓子よりも、くじがついているほうが好きだった。
当たれば、3個もらえるとか、もう1個もらえるとか、そういうのばかりを買っていたのだ。
あとこの店には、当時の最新型のゲーム機がおいてあった。
パチンコ玉を打って、穴に入ると、ガムが出てくるなんて機械もあった。

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だいぶたってからであるが、
インベーダーゲームが出たら、すぐにこの店にもおいてあった。

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雑誌も販売していたので、少年ジャンプは必ずこの店で買っていた。
なぜかというと、ジャンプは月曜日発売なのであるが、
店舗には土曜日の夕方配送されるので、
おじさんは早めに、売ってくれたからである。
一度、それがバレて、
ジャンプの販売権を剥奪されそうになったらしく
「もう無理だ。月曜日までまってくれ」といわれたことがある。
悪いことをしたと思う。

このおじさんにはいろいろと世話になったものである。
土曜日の夕方5時半から、全日本プロレス中継を私は楽しみにしていたのであるが、
私の父がニュースをみるので、この時間は自宅でテレビが見れないのだ。
そういう時は、この駄菓子屋にいき、事情を話、テレビを見せてもらっていた。
そういう時は
いろいろと世間話をしたものである。
絶対に私が嫌がるようなことは聞かなかった。当時、不登校で学校にいっていなかったのである。
「こういうおっさんが親父だったらよかったなあ」なんて思ったものである。

そして数十年がすぎ、その間、その駄菓子屋には一度も行かなかった。
本当は行きたかったのであるが、なんとなく恥ずかしくていけなかったのだ。
私の子供がある程度大きくなったら、いっしょに行こうと思い、
3歳くらいになった時に店にいってみた。
そうしたら、店におじさんはいなくて、娘さんが店番をしていた。
「おじさんは元気ですか?」
「父は脳卒中で倒れちゃって、いま入院しているの」
といわれた。
その後、しばらくして店は閉店し、今は何ものこっていない。
本当はおじさんに会いたかったのだ。
なんか、「ありがとう」といいたかったのだ。
私の息子を見せたかったのだ。
いい、思い出である。
ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男に似ていたのである。

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