子供に勉強をやらせてはいけない:やりはじめるのを待つのが重要

楽しく生きるコツ


勉強で一番大事なのは自発的にやることである。
きっかけを与えることは、もちろんいい。
当たり前である。
でも、勉強をやりたがらない子供に勉強をやらせてはいけない。
まずは、その理由を探ることである。
学校の授業についていけないのかもしれないし、
もっとやりたいことがあるのかもしれないし、
先生が嫌いなのかもしれないし、
友達からいじめを受けているのかもしれない。
勉強をやらないから、怠け者であるという発想は、相当想像力の欠如した人間の発想である。
(そういう人は多いが)
人間は腹が減れば飯を食いたくなるし、眠くなれば眠るわけである。
勉強もまったく同じである。
勉強をしたくなる状況にならなければ、勉強をするわけはないのである。
ゆえに、親は子供に勉強をさせるのではなく、
勉強をしたくなる状況をつくるか、勉強をできない原因を取り払ってあげることを
しなければいけないのだ。
「勉強しないと苦労するよ」「勉強しないとロクな仕事につけないよ」とか
脅しをかけるのは、モチベーションとしては最低のものである。
学習塾は、効率的にテストの点数をあげるためのテクニックを学ぶ場所であり、
勉強をしたくなる状況をつくってくれたり、その子供の勉強ができない原因について
考えてくれる場所ではない。
だから、勉強のできない子供を塾にいれてもたいして成績は伸びないのだ。
逆に考えてみる。
なんだかよくわからないけど、親が勉強をしろというから勉強するような子供は
まともではない。ロボットである。
勉強をする理由が自分なりにうまく咀嚼できないから、そんな曖昧なことに
時間と労力をかけることができないから、勉強に身が入らないとしたら、
その子供はかなり優秀である。
これからの時代を生き残る資質がとても高い優秀な子供である。
優秀な人間を納得させるためには、こちらも同様に優秀でないといけないのに、
犬のしつけをするような感覚で、勉強を教えてうまくいくわけがないのだ。
実際に受験勉強をやった人はみんな知っているのであるが、
大学に入るくらいのレベルになるためには、1年もあれば十分なのである。
ようするに、高校卒業までダラダラしていても、
本気になって1年浪人すれば、まあなんとかなるのである。(個人差はあるが)
もし、その日がこないとすれば、他のことをやるほうがいいのだと思う。
職人なのか、文筆業なのか、接客業なのかわからないが、すべての人が大学にいく
必要などないのだ。
人にはやりたいことがある。
でも、多くの大人はそれを忘れている。というよりも、忘れさせらるような教育を受けて
育ってきているからだ。その恩恵もある。我々日本人は、現在、餓死することはない。
これはその恩恵である。
でもせっかく餓死しなくなったのだから、これからはその上をいかなければいけない。
世の中はAI化が進んでおり、現在ある90%以上がオートメーション化されるようになる。
車で考えるとわかりやすい。運転手さんがいなくなるのだ。タクシーもバスもトラックも。
彼らの仕事はなくなるのである。
車だけなら、そんなに影響はないかもしれないが、残念ながらすべての産業でそれは起きるのだ。
今までは命じられたことを、実行すればそれでよしとさていたわけである。
誰もその時に社会がどうなっているのかをわからないのである。
にもかかわらず、
「とりあえず勉強して大学にでもいっていれば問題ない」と思うのは間違っている。
東北大震災の時に、学校のマニュアルにそって、指定の避難場所にいき、
そこで待っていた先生と生徒のほとんどが犠牲になった。
マニュアルには、しっかりと書かれていたのに死んだのだ。

まずは、自分自身が本当は何をやりたいのかを理解するのがもっとも大事である。
でもそれはそんなに簡単ではない。
自分がやりたいことをはっきりと自覚できている人なんてほとんどいないのだ。

余裕があるなら、2〜3年ダラダラ過ごすのもいいかもしれない。
余裕がなくても、2〜3年ダラダラ過ごすのもいいかもしれない。
とりあえず、ゲーム感覚で受験に臨んでハイスコアを目指すのもいいかもしれない。

そんなに簡単に考えないほうがいい。
なぜなら、人は全員ちがうのだから。
多くの人がそうだからといって、自分がそうとは限らない。(でもたいていそうなのであるが)
そしてちょっと待つことである。
時間が解決してくることはとても多い。
親の最大の役割は、寄り添うことだと思う。命令するのではない。必要ない時は何もしなくていい。
でも、ピンチの時には助けてあげて、言われたらアドバイスもする。
でも、聞かれてもいないのに、命にかかわるようなことでもないのに、余計なことをいう必要はないの
だ。
寄り添うのはけっこう難しいのだ。ついつい手を出してしまいたくなるが、手を出してはいけない。
向こうが来るまで待つのだ。
1年なのか、2年なのか、3ヶ月なのか、5年なのか、それは誰にもわからない。
刺激を与えたり、きっかけを与えてあげるくらいならいいと思う。
まあ、程度問題である。
私は母に心から感謝している。そういう感じでいてくれたからだ。
中学を留年し、高校にも行かなかった。でも、急に勉強をしたくなり、大学までいって、
教員免許までとった。でも教師にはならなかった。
大手の広告代理店で仕事をし、米国でMBAも取った。
でもなんか全然違うような気がしたので、今は別の仕事をしている。
なんか毎日がとても楽しい。やりたいことをやっているからストレスがない。
困難が来るたびにワクワクする。
「どうやってこれを乗り越えるか?」
試行錯誤の毎日だ。楽しくないわけがない。
こんなこと教えてできるものではないのだ。一番大事なことは、
考えることではなく、行動することである。何かをやることだ。
一番だめなのは、「どうせやってみても、こうなるに決まっている」と思って
やらないことである。こうなるに決まっているか、やってみないとわからないのだ。
なぜ、企業が実験をたくさんするのか?
なぜ、北朝鮮がミサイル発射を繰り返すのか?
やってみないとわからないからなのである。
それ以外に前進する方法はないのだ。
そのためには、まず考えること。今まで自分で考えないで、「先生がこういっているから」とか
「みんなそうだから」「親がそういっていた」とかを鵜呑みにしていたのであれば、
それをやめることだ。そして自分でプランをつくり行動するのだ。

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