なぜ宗教団体はエリア支配をしないのか?:オウム上九一色村事例のような 信教の自由と地方自治

政治の裏側

オウム真理教、
山梨県の上九一色村に本部を移動させた理由は
小さい村なので、信者を増やせば、村議会を自由に支配できると考えたからである。
それは地下鉄サリン事件があったので、未遂に終わってしまった。
恐ろしい話であるが、もしオウムが殺人事件を犯していなければ
上九一色村はオウム真理教の村になっていた可能性が高いのだ。

米国のユタ州は、モルモン教徒の州である。
州民の過半数はモルモン教徒である。
ユタ州にいったことのある人に話をきくと、
「みんなフレンドリーでけっこう過ごしやすかった」といっていた。
公には、日本ではユタ州のような自治体は存在しないことになっている。

日本国内にはかず多くの宗教団体があり、政党をもっていたり、政党を支持していたりするわけである。
例えば島根県の住民数は68万人程度であり、創価学会の信者数の827万世帯が本当であれば、
その気になれば、余裕で支配できるわけである。
少しづつ、こっそりと、引っ越しを進めていけば、ある日住民の過半数が、どこかの宗教団体の信者ということは
十分可能なのである。
信教の自由があるから、規制は不可能である。
県レベルでは難しいかもしれないが、村や町レベルでは比較的簡単にできるははずである。
住民が減って、1万人程度の自治体はけっこうある。
同様のことを、帰化した外国人がやることも可能である。
なぜ、やらないのか?
まあ、薄気味悪いし、やるほうも、明確なメリットを感じきれていないからだと思う。
オウム真理教は、自分たちの教義で独立国をつくりたいという明確な目標があったから実践したのである。
それが頓挫したわけである。

考えてみるとわかるが、
アメリカという国は、イギリスで迫害を受けていた清教徒が独立して作った国である。
結果的に彼らはそれまで米国大陸で暮らしていた、ネイティブアメリカンを駆逐したのである。
この戦争は、白人が勝ち、ネイティブアメリカンが負けたわけである。

仮に、どこかの宗教団体がある村を支配しようとしたら、恐怖から、
まわりの人間は彼らを駆逐しようと動き出すだろう。その村や市の住民でなくても近隣住民も嫌なわけである。
それこそ全力でやるはずだ。
そして、その宗教団体の悪い噂を流しまくり、ありとあらゆる手を使って、壊滅に追い込もうとするわけである。
だから、やらないのだ。
ようするに、
「ちょっと布教するくらいなら全然かまわないで、ほっておくけど、やりすぎるとお灸をすえるよ」ということである。
宗教団体にしても、過激なことをするリスクをとるよりも、現状のままのほうがいいという考えは合理的である。
でも、頭の良い人間が、そのあたりをすべて計算してやれば実現することは簡単である。
問題は何を目的にするかである。
けっこう怖い話だと思う。

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