信長、秀吉、家康を比べるのはナンセンス:信長は次元が違う

ためになる話

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信長と、家康と、秀吉はよく比較されるわけである。

鳴かぬなら 殺してしまえ 不如帰 信長
鳴かぬなら 鳴かせてみせよう 不如帰 秀吉
鳴かぬなら 鳴くまで待とう 不如帰 家康

という川柳は有名であるが、この三人を並列で比較するのは全くもっておかしいのだ。
何がいいたいのかというと、信長は別格だということである。
天下統一をして、戦争のない社会をつくろうと思ったのは、
信長だけである。
あとの二人は、その路線を継承しただけの存在である。
天下人の立場としては同じであるが、
意味がまったく違うのである。
初代江戸幕府将軍の家康と、二代目の秀忠と、三代目の家光を比べるのと同じである。
比較の対象ではないのだ。
信長が突出して偉大なのである。
インターネットの概念を考えついたのが信長で、グーグルを設立したのが家康で、
フェイスブックを設立したのが家康みたいなものである。
信長はそれまでの既得権者である、武将、地主、坊主などの利権を徹底的に奪い、
庶民に還元したのだ。秀吉と家康はそれを横で見ていたので、真似をしただけである。
無論、徳川幕府の設立など、家康のオリジナリティもあるにはあるが、
信長のグランドビジョンの中の、一施策にしか過ぎないのである。

「信長は比叡山の坊主を皆殺しにして残酷だ」とか、
の行為をみて、それだけで判断する人がいるが、全くわかっていないと思う。
あの時代の坊主は、武器を持った僧兵である。殺すか殺されるかの戦いである。
比叡山では信長が勝ったが、石山本願寺では相当の被害を受けているのだ。

物事は大局的にみることが大切である。

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