幸せとは結果でなく、状態である:中学生のイチローは幸福だったはず

楽しく生きるコツ

幸せとは結果ではなく、状態である。

メジャーリーガーになったり、様々な記録をつくった瞬間に、

イチローは幸せだったわけではない。

むしろ、数字としての記録を更新した時の、彼の淡々とした態度を見ると

数字にほとんどこだわっていないことがわかる。

無論、プロにドラフトされたり、メジャーリーガーになった時は

それなりにうれしかったとは思うが、そんなにはしゃぐようなことは

なかったと思う。

イチローは、小学生の時も、中学生の時も、日本でプロになった時も、メジャーでMVP

を取った時も、同じように幸せだったのだ。

なぜなら、幸せとは結果ではなく状態だから。

誰かと結婚できたら、幸せになると誰もが思う。

結婚式の日は、幸せ気分の絶頂かもしれないが、それが続く人は

ご存じの通りほとんどいないのである。

結婚式の喜びが大きければ大きいほど、落差も大きく、

破綻していく夫婦のいかに多いことか。

幸せな人は、不幸な時がない人である。

イチローはオリックスに入団した時の土井監督とそりが合わず、

ほとんど試合に使ってもらえなかった。もし、土井監督が長期政権になり、

その後の仰木監督が現れなければ、イチローは二軍選手のままで

終わっていたかもしれない。

そんな例はプロ野球にはたくさんある。

巨人にドラフト1位で入団した原俊介は、同じ時期に阿部慎之助という巨人史上

最高のキャッチャーがいたために、二軍で3割を打っても、一軍に呼ばれることは

ほとんどなく、プロキャリアを終えてしまったわけである。

よく考えてみるとわかるが、イチローはドラフト4位である。注目されることが

むしろ稀な選手だったのだ。

イチローは彼なりに、真摯に野球の道に向き合い、自分としてできる限りのことを

し続けていたのだと思う。そしてそのことに喜びを感じているタイプである。

辛いことを乗り越えた先に幸せはないのだ。

辛いと思っている時点で、それはあなたのやることではない。

幸せな人とは、自分のやりたいことをやり続けている人のことである。

それを頑張ることが苦痛なら、それはやらないほうがいいというか、

やってはいけないことである。

猫は自分勝手にゴロゴロしているからかわいいのであって、

犬のようにキビキビと反応するサーカスに所属する猫は

かわいいのではなく、かわいそうな存在である。

一方、犬は飼い主にかまってもらうことに喜びを感じているので、

むしろ積極的に命令をしたほうがよろしいわけである。

ほったらかしにされると、犬はストレスを感じ、

構われすぎると、猫はストレスを感じるのである。

自分がやりたいと思ったことをやり続けている状態が幸せなのである。

ここで留意したいのが、自分が本当にやりたいことが何かということである。

それを理解している人は、実が少数である。

みんなよくわからないのだ。

例えば、昔、不良少年は暴力行動に走ったものである。

彼らがやりたかったのは暴力なのだろうか?

99%は違うと思う。

自分自身を理解されない苛立ちと、自分自身のことを自分がよくわかっていない

苛立ちの中で、「不良少年」のレッテルを貼られれば、普通の人間であれば

自暴自棄になるはずである。

自分の意思を言語化する能力はかなり高度であると思う。大人でも難しい。

それを子供に求めるのは酷な話である。

小学生の子供が「勉強をやりたくない」といって、単純に勉強をやめさせていい

わけがない。なぜ、その子供がそういったのか?

先生からいじめを受けているのかもしれない。何らかの事情で授業に

ついていけていないのかもしれない。何かのゲームにはまってしまって

いるのかもしれない。友達とけんかをして学校にいきたくないのかもしれない。

親なりにその背後にある理由をしっかり把握しなければいけないのに、

言葉だけに振り回されているのである。

言葉は重要であるが、言葉だけでは真実はわからない。

その子供の行動、表情、雰囲気、などから総合的に判断しないといけないのに、

勝手に先走って進んでしまうことが多いと思う。

例えば、我々日本人は、世界でも有数に難しい言語である日本語をマスターしている。

これだけの学習力があるのだとすれば、勉強が嫌いな人はいないはずである。

嫌いなら、しゃべれないからだ。

もっと子供を信用したほうがいい。彼らのやりたいことを探してあげて、

そのために背中を押してあげるだけで、すごいスピードで走っていくはずである。

ドラクエに熱中している子供と、東大に入るために熱中して勉強している

子供は同じである。どちらも幸福感であふれている。

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