中学生時代に、パチンコにはまっていた。交換所のそばで、警官に会い・・・・1979年ころ。

ギャンブル

中学の4年間(留年したので)、結構な時間、パチンコ屋で過ごしていた。

老け顔だったので、まったく怪しまれることなく、普通に打っていた。

JR阿佐ケ谷駅前のパチンコ屋である。ごく最近まで営業していたが、

令和元年にはなくなってしまった。パールセンターの入り口付近にあった

パチンコ屋であった。

当時は、電動と手打ちが半々くらいで、若干電動のほうが多かったかもしれない。

ある程度玉がでると、「打ち止め」といって、それ以上打てなくなるのだ。

そして一定の時間がたつと、解放されて、誰かがまた打つことができるシステムだった。

みんな、真剣に釘の配置を見て、

「この台はでるな」とか、考えながら打っていたのだった。

私はそのへんは、あまりよくわからなかったので、なんとなく好きな台を選んで

打っていた。ある程度玉がでると、チョコレートや、カップ麺などに交換していた。

当時は、お金に換金するよりも、商品に替えるほうが主流だったと思う。

ある日、私は大勝ちした。これだけ勝つと、商品では多すぎるので、

お金に変えようと思った。

でも、それまでは一度もお金に替えたことがなかったので、

受付でおばさんに、「お金でお願いします」といったら、

ライターの石を束で渡された。

本当に何も知らなかったのだ。

その場で、現金がもらえると思っていたので、わけがわからずに、

「どうしたらいいのですか?」と素直に、そのおばさんに聞いたら、

「あのおじさんの後についけいけばいいわよ」と、今まさに店を出ようとしている

おじさんに指をさした。私は、大慌てで、そのおじさんの後を追った。

店を出ると、おじさんはちょうど角を曲がったところで、私は追跡したが、見失ってしまった。

うろうろしていると、警察官が立っていた。

私は、両手にライターの石を抱えていたわけである。

「やばい、補導されるな」私は覚悟を決めた。

おまわりさんは、手招きをしている。私は彼の顔をしっかりを見ながら近づいていった。

「交換所はここですよ」と親切に教えてくれた。

本当のはなしである。ほんとうに老け顔だったのだ。中1の時の思い出である。

2500円くらいだったと思う。

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