子育てをする主婦が幸せになる方法:自分の嫌いなことをやらない。それが子育てであったとしても。

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ほとんどの主婦は、「子育てが生きがい」だと思っている

主婦の悩みは深い。多くの人から「三食昼寝付き」と揶揄されて、

かといって全然幸福感を感じれていないわけである。稀には幸せな人もいるだろうが、

ほぼ全員が苦しんでいるように見える。

自分の人生の99%を子育てにかけているのに、

思ったように子供が育つ例は皆無である。

ある時期までは、ロボットのようにいうことを聞いていた子供が

反抗するのは時間の問題である。反抗しない子供は子供で、

別の問題を抱えて、適応障害を起こしたりするわけである。

果たして、主婦でありながら幸せを感じている人が存在しているのか

さえ疑問である。

うまくいかない理由は単純:他人を変えようとしているから

夫も子供も他人である。他人を変えることはできない。たとえ子供であってもである。

他人を自分の思い通りに変えようとして、うまくいった例はない。

洗脳されてロボットのようになり、一時的にはいいが、必ずどこかで破綻する。

万が一、その人の人生は乗り切れても、子供か孫の代で破綻する。

例外は存在しない。

一流大学に入り、一流会社に就職すれば幸せだと多くの親は思っている。

それで幸せだと子供も思うのであれば相思相愛で問題ない。

でも、たいていみんななにか自分でやりたいことを持っているものである。

それが趣味で、仕事の合間にできるようなものであれば、仕事は何でもいいのかも

しれない。だとすれば、むしろ企業のサラリーマンになったほうが

いいのかもしれない。

自分の好きなことを必ずしも仕事にしなくてもいいが、

やりたくないことをやると、人間は壊れるようにできているのである。

自分で思い通りの人生を生きてきた人であれば、そういう他人の気持ちを理解できるが

多くの人は、自分を押し殺して、社会に適合するように努力してきた人たちである。

自分が苦労してきたのは、自分の努力が足りなかったからだと思うから、

自分の子供にそれ以上の努力をさせたいと思うのである。

幸せとは何なのか、真剣に考えてみる

会社に勤めて、家族を養い、子供を育てることが幸せなのだろうか?

幸せとは楽しいことである。もし、毎日が楽しくないのであれば、それは

幸福ではないわけである。

でも、仕事があって、お金があって、子供がまじめに学校にいっていれば

幸せだと思いこんでいる人は多い。

幸せであれば、毎日何回は心から笑える瞬間があるはずだ。それがないなら、

幸せではない。単純なはなしである。

お笑い番組以外で笑わない1日はけっこう多いのではないだろうか。

子供が赤ちゃんの時、あやしている時にはあんなに笑っていたのに、

中学生の子供といっしょに笑っている人ってどれだけいるんだろうか?

幸せとは、自分のやりたいことを、自分が好きな人とやることである

自分の好きな人が、自分自身というのももちろんOKである。

絵を描いたり、書道をしたりしている人は、そういう感じなのだと思う。

例えばどんなにテニスが好きでも、嫌いなひととやるテニスは、本当にいやだと思う。

子育ては好きでも、夫のことが嫌いなら、いっしょにやるのは苦痛である。

あんまりいないと思うが、

子育ては嫌いだけど、夫のことは大好きなら、子育ては苦痛である。

仕事でも勉強でも同じである。

いやな人といっしょに何かをやるということは、本当に辛いことで、

やるべきことではない。むしろ逃げるべきことである。

極論で考えるとわかりやすい。

もう死刑になってしまったが、オウム真理教の麻原彰晃と仲良くできると思えるのか?

誰とでも仲良くするというのは間違いである。

数百人殺したテロリストと仲良くすべきだと思うのか?

家族が嫌いだという人は結構多い

理想は家族すべてが仲がいいことである。そうであるにこしたことはない。

でも自分の産んだ子供を嫌いな人はけっこういる。

親を嫌いな子供もけっこういる。

血が繋がってようが、いまいが、嫌いなひとは存在するのだ。

逆にいえば、人類でさえないが、犬や猫が人間以上に大切に思っている人は

たくさんいるわけである。

血縁があろうがなかろうが関係なのである。

自分の子供のことが嫌いでも、親は育てなければいけな義務がある。

これは甘んじて受けよう。ただし、18歳まででいい。ちょっと距離をおきながら

のほうがいい。許せる限りできる限り距離をおくのだ。

たとえば学生寮にいれてしまうという方法もある。

合わない人とむりやりいっしょにいるとロクなことにはならない。

仲がいいなら、べったりでいいと思う

一般論など気にしないことである。周りの目を気にしないほうがいい。

自分がそうしたくて、相手もそぞんでいるなら、仲良しで問題ないと思う。

自分がどう感じるかが一番大事なのである。

自分が本当にやりたいことが何か、しっかり見極める

働き者なのか、怠け者なのか?人間好きなのか、人間嫌いなのか?

アウトドアなのか、インドアなのか?

旅行が好きなのか、自宅で過ごすのが好きなのか?

子供が好きなのか、嫌いなのか?

格好をつけないことである。自分の欲望にしっかり向き合うことである。

自分と同じ欲望を持っている人は、おそらく世の中に1人もいないはずである。

みんなバラバラなのだ。

洋服には多少見栄をはりたいが、食べ物はどうでもいい人もいるし、逆もいる。

自分のやりたいことを、やればいいのだ。それがでない人から離れて、

それができる人のそばにいけばいいのである。

これは極論で考えないほうがいい。現実的に対処すべきである。

職場の人間関係があんまりよくなくても、耐えられる範囲で、その他の条件

がいいなら、それはそれで残したほうがいいかもしれない。

耐えられないレベルかどうかを見極めればいいのだ。

例えば親のことが好きでなくても絶縁するのは大変である。月に1回程度あっていたのを、

年に2回にするとか、そういう範囲で調整するだけでだいぶかわってくるはずである。

旦那のことが嫌いでも、すぐに離婚するレベルなのか、家庭内別居で解決できるのか

状況次第で変えればいいのである。

こつは、見栄を張らずに、現実的な解決策を模索することである。

嫌いな夫や、嫌いな子供と距離をおけば、かえって好きになるものである。

それまで無理して付き合っていたとすれば、距離をおくことにより、かえって

人間関係が改善したりすることがある。離婚した夫婦が、仲良くなるのはそういう理由である。

でも再び一緒に暮らすとたいてい破綻するわけである。

人間というのは動物なので、本能的に別の異性を求める生き物である。なぜなら、

多種多様の遺伝子を残したい本能があるからである。

長年連れ添った夫婦で10年間仲がいい期間があれば、それは大成功であると

いったひとがいるが、そうだと思う。

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