いじめは、痴漢に似ている。被害者のほうが悪者になったりする。

既得権者利益

いじめた方が悪いのに、いじめられる方の問題になる

いじめ問題の99%は、やられた方の問題になる。相手が複数いる場合に

多いのであるが、いじめた方は全くお咎めなしということがよくある。

どう考えても、いじめるほうが悪いのであるが、いじめられる方の問題になっている

のに気づくだろう。

問題があるのは、いじめる人間であり、いじめられて傷つく人間には

もともと何の問題もないのである。

いじめは、痴漢に似ている。

暗い夜道に、若い女性がミニスカートで、歩いていて痴漢にあったとする。

「そんなところにいくあんたが悪い」と言われるかもしれないが、

悪いのは痴漢である。当たり前である。でも、やられたほうにも隙があったとかいわれ

てしまうのである。

いじめも似たようなものだ。悪いのは、いじめるほうなのに、

いじめらるほう側を主体にみられてしまうのである。

いじめるほうは、巧妙な犯罪者である

いじめるほうが、とんでもなく頭のいい、ずるい計画的な人間である。

何があっても、立件できないような配慮をしてやっているのだ。

うまく、他人に責任をすり替えたりするわけである。こんな奴らとまともに

戦っても、そう簡単に勝てるわけもないのだ。

犯罪というものは、やる方が本気でやると、すごい確率で完全犯罪が成立してしまうように

なっているのだ。なぜなら、この社会は基本的に性善説でできているから。

グリコ森永事件がいい例だ。いまだに犯人はわからないではないか?

頭のいい連中が徒党を組んでやれば、あれだけの犯罪でさえ、立件できないのだ。

いじめも同じである。

いじめる人のほとんどは、優秀で頭のいい人間である。(ある意味)

相手の土俵にあがると、勝ち目は少ない

いじめる人間は、痴漢の常習者と同じで、巧妙である。最善のほうほうは

逃げることである。そこにいるとわかっていれば、逃げることである。

立ち向かおうとすると、大きな反撃を食うこともよくある。

そんな奴らから逃げることは、恥ずかしいことではない。

逃げる方が得である。そういう人間がはびこっているような組織はたいてい問題がある。

そんなところからは逃げ出したほうがいい。

自分を守ること。時には戦い、時には逃げる。どっちでもいい。

逃げることは恥ずかしいことではない。飢えた狼がいたら、どうするか?

逃げる方がいいだろう。戦うという選択肢もあるが、ケースバイケースである。

戦うということも、ありえるが、あまりないと思う。

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