長嶋一茂の人生は素晴らしい:生き方のお手本

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親の七光りという人は誰もいない。自分の人生を歩んでいる。

立教大学の野球部員だったころ、長嶋一茂の野球人生はピークだったのかもしれない。

父と同じ大学で、そのチームのレギュラーとして活躍し、

ドラフト1位でヤクルトスワローズに指名されたのである。

父親が長嶋一茂でなければ、1位指名はなかったかもしれないが、

サラブレッドでいえば、血統的に言えば最高なのである。

ここに賭けてみようと思うのは、合理的な判断として間違っていない。

また、プロ野球球団の目的は金を儲けることなので、注目が集まり、

人気が出て儲かれば、選手が活躍しようがしまいが関係ないわけである。

いずれにしても、長嶋一茂はドラフト1位でプロ野球に入団した。

プロ野球では活躍することはできず

野球に限って言うと、親子で有名選手は日本ではまだ登場していない。

メジャーリーグでは、ケングリフィー親子など実例があるが、やはり少数である。

長嶋一茂のプロ野球選手としての生涯の成績は

7年間で、384試合に出場し、打率210、本塁打18本である。

父長嶋茂雄と比べることのできるような内容ではなかったのである。

ありていにいえば、2流以下の成績である。

ところが、そこが彼に人生のスタートだったのである

プロ野球を引退したあと、落ちていく人の例は枚挙にいとまがない。

最近でいえば、覚せい剤で逮捕された清原和博もその例である。

実家が長嶋家なので、希望すれば父親のマネージメント的な仕事をするなどの

選択肢もあったわけである。この時期に、妹の長嶋三奈はテレビ朝日のキャスターとして

人気者になっていたわけである。

テレビで長嶋三奈を見ていて感じたのは、「この人は本当に育ちが良くて、性格が

いい人なんだ」ということである。それは隠せないから、テレビを見ていて

伝わってくるのだ。彼女が人気者になるのは必然だったと思う。

誰からも愛される父長嶋茂雄の影響であるのは間違いない。

長嶋一茂は、妹と同じ方向であるタレントの道を歩んでいくのである。

プロ野球をやめて、次の世界にいくのは簡単ではない

プロ野球選手になったということは、プロで一流になるためである。

恐れ多くて口には出さないが、父を超えたいと思わなかったわけがないと思う。

大投手である、金田正一の息子の金田賢一はタレントとして活躍していたわけである。

最初から違う道に進んだのは、同じ世界で父と張り合うのは難しいと感じたからであろう。

長嶋一茂の挫折感は半端ではなかったはずである。

ここが彼の人生の最大の岐路である。

人生にはいい出来事も悪い出来事もない:あるのは解釈だけ

プロ野球で活躍できなかったことを失敗と捉えるのか、

プロになれたということを誇りに思って生きていくのかは解釈である。

元プロ野球選手であるということを隠して生きていくことだって、

不可能ではない。

長嶋一茂はタレントになり、最初は元プロ野球選手であるという切り口と、

長嶋茂雄の息子であるという切り口を、うまく使っていた。

明石家さんまに可愛がられたのは、彼が活躍するきっかけになったわけであるが、

芸能界の裏も表もすべて知り尽くしているさんまの目からみて、

長嶋一茂の人間性、タレント性、が素晴らしいと思ったから、

助けたのである。さんまの本能的な直感だと思う。

「こいつはいける」と感じたのである。

ものすごい努力家であることに疑いはない

最初多くの人は、長嶋一茂を天然キャラだと誤解していたと思う。

多くのバラエティ番組では、天然キャラが前提として扱われていたわけである。

本人も、それが自分に要求されている役割であれば甘んじて受け入れていたが、

令和元年の長嶋一茂をみて天然キャラと感じている人は存在しないと思う。

ワイドショーでのコメントを聞くと、広い領域に関して深い知識と見識を持っている。

押しも押されぬ、一流のコメンテーターである。

天才とは努力を継続してできる人のことをいう

長嶋茂雄は野球の天才である。

これに異論を唱える人はいないだろう。

長嶋一茂は野球の天才ではないが、タレントとしての才能はとても高い。

努力をするという父の才能を受け継いでいるのである。

ただしその分野は野球ではなかったわけである。

もっというと、長嶋茂雄も長嶋一茂も歯を食いしばって無理をしていたわけではない

と思う。それがとても自分が好きで、熱中できるものだったら、

普通にやっているのだと思う。

それを努力といえば、努力なのかもしれないが、ちょっと違うと思う。

いずれにしても、この親子は尊敬に値する素晴らしい人生を歩んでいると思う。

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