息子を殺した元事務次官のおっさんに同情の余地はない

事件の深読み

殺したら、終わりである。                                もう何もないわけである。例えば、家などの財産をすべて処分し、現金に換え、全てを彼に渡すという方法もあったと思う。その金を使って、彼が悪さをするかもしれないと思ったのかもしれないが、やってみなければわからないわけである。                       殺したら終わりである。                                 家を売った金で、どこかの業者に彼への対応をまかせるという方法もあったかもしれない、数千万円支払えば、よろこんで対応する業者は存在するだろう。殺した同期も、社会悪になるから殺したというよりも、自分自身に危害がくるから殺したというのが真実のようである。自分がつくったこどもなのだから、甘んじてそれは受けたほうがいいと思う。                 元事務事務次官なのだから、とても頭のいい人なのだろう。でも、同情の余地はない。他に打つ手はいくらでもあったはずである。なんのために生きているのだろうか?自分の子供を殺してまで、生きる理由というものが、存在するのだろうか。たった懲役6年である。模範囚なら4年くらいで出てくるだろう。人間の命とは、いかに軽いものなのだろうか。自分の都合で作った子供を、自分の都合で殺してしまうわけである。ひとを殺すことで解決できる問題は何一つないと私は考えている。

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