ひきこもり息子を殺した元事務次官が控訴した理由

事件の深読み

76歳なので、懲役6年だと、82歳になるわけで・・・

問題のある息子を包丁で刺殺し逮捕された元事務次官の事件は記憶に新しい。

官僚のトップまで上り詰めた人にも、こういう事件が起きるなんて、とても

衝撃だったわけである。裁判は結審し、懲役6年の実刑判決がでたわけである。

まあ、妥当な判決である。

日本人男子の平均年齢は81歳である。このまま普通に収監されて、刑期をまっとうすると、

82歳になってしまうと、刑務所内で平均寿命である。

自分の財産の後始末など、いろいろやりたいことがあるのだろう。

とにかく、できる限りの手をつかって、なりふり構わずに頑張って、収監されるのを

避けているわけである。

元事務次官というのは、担当大臣よりは遥かに上である

立場的にいうと、農林水産大臣のほうが、事務次官よりは上であるが、

そう思っている官僚は少数である。どう考えても、事務次官のほうが上である。

大臣は内閣改造があれば、すぐに変わってしまうわけで、ある種の名誉職である。

事務次官が実質的な省庁のナンバーワンである。ものすごい権力者なのである。

三井物産社長くらいの価値はある。(すごい)

横のつながりなど、使えるかぎりのネットワークを駆使したのだろう

殺人事件で、6年の実刑判決が出ているのに、保釈なんて普通はありえない措置である。

冤罪を主張しているわけではなく、彼が主張しているのは減刑である。

執行猶予付きの判決を求めているだけなのである。この状況で、保釈を認める

というのは、普通はありえないわけである。

さすが元事務次官である。やれる限りのことをやっているのだろう。

もしかしたら、同じ官僚仲間が勝手に忖度しているのかもしれない。

真相は藪の中であるが、元事務次官でなければこうはなっていないはずである。

ではなぜ、彼が、そこまでして刑務所に入りたくないのか、いくつかの可能性を

考えてみた。

控訴した理由①田中角栄パターン、控訴中に天寿を全うする作戦

ロッキード事件の田中角栄は、懲役4年の実刑判決を受けたのであるが、控訴を

し続けた結果、収監されることなく天寿をまっとうしたのである。熊沢元事務次官は

76歳であり、数年間控訴でひっぱることができれば、なんとか収監されずに

天寿をまっとうできる可能性が高いわけで、それを目指しているのかもしれない。

控訴の目的は減刑ではなくて、とにかく1日でも引き伸ばして、のらりくらりやる

作戦なのかもしれない。

控訴した理由②時間をつくり後処理をして収監される作戦

とにかく保釈されたので、少なくとも1年以上はシャバにいることができるわけである。

自分の財産の処理だとか、墓守の手配など、自分が服役中に死亡してしまう

可能性を考えて、この期間にそういう終活作業をすべて終えてから、

刑に服するという考え方である。どう考えても模範囚になるだろうから、

4年くらいで釈放されるわけである。日本人の平均寿命が81歳といっても、

中曽根さんが101歳まで生きたくらいなので、長生きする可能性だって

高いわけである。アルコール抜きで、三食麦飯のヘルシー食である。成人病とは

無縁の健康体質になる可能性だってあるのだ。

4年くらい刑務所にいて、その後の人生を送るという作戦の

可能性もある。

控訴した理由③時間をつくり後処理をして、自殺する作戦

考えてみるとわかるが、問題があるとはいえ、我が子を殺した親である。

良心が痛まないわけがない。本人も「息子を殺して自分も死のうと思ったが死ねなかった」

と供述しているように、苦しんでいるわけである。

私は自殺をしないほうがいいと思うが、自殺をしたいという心理はよく理解できる。

しっかりと後処理を済ませてから、ゆっくり自殺するために時間をつくったという

可能性もあると思う。

いずれにしても、生きたほうがいい

刑務所の4年間は意外に短いと思う。(模範囚であることを前提にしているが)

息子を殺めてしまったことは、事実であり、取り返しがつかないわけである。

それは反省すべきであるが、死んでしまったら、反省すらできないわけである。

息子の冥福を祈るだけでもいいし、何か社会に対して貢献をするのでもいいと思う。

とにかく生き続けることが大切な事だと思う。

人間は誰しも間違いを犯すものである。大きい間違いもあれば、小さい間違いもある。

解決できない問題は存在しない。

自分の息子を殺すという事は、とんでもないことであるが、

徳川家康だって、信長の命令で我が子を殺しているわけである。

私は、まず刑務所に入り服役する事だと思う。日本政府は、6年服役すればそれで

いいといっているわけで、まずそれを受け入れたほうがいいと思う。

あとは、自由である。好きにすればいいいと思う。姑息なことはやらないほうがいい。

彼の人生を見ていると、いい大学をでて、一流の官僚になったところで、

ちっとも羨ましくないわけである。

彼の人生の価値は、官僚のトップである事務次官になったことではなく、

事務次官になった後に殺人犯にまで落ちぶれてしまっても、

立派に生きていけるということを証明することにあるのだと思う。

どんな人間であっても、生き続けることに価値があると私は考えている。

堂々と生きていくべきである。

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