大企業に勤めていて、うつ病で自殺した友達の話

生きる理由

彼が死んで数年経つ。超エリート社員だった。

彼が首をつったのは、解雇される数ヶ月前のことだった。うつ病になり、何度か会社復帰にトライしたのであるが、その度に、うまくいかずに、それがラストチャンスだったのである。そのタイミングで職場復帰できなければ解雇になるのが決定していたのだ。そして、彼は解雇される直前に首をつり、死んでしまったのである。

誰もが知っている大企業である。

彼の会社は通信系の大企業なので、日本国民で知らない人はいないだろう。彼は超一流私立大を卒業し、大学では運動部で活躍していた文武両道の男だった。絵に描いたようなエリート社員である。中学で留年し、中学浪人をして、2流私大を卒業した私とは比べものにならない男であった。

順風満帆の人生

1989年に彼は入社した。この時期は、日本のバブル経済の頂点である。この年をピークに日本経済は落ちていくわけである。当時の大手証券会社の社員は、1回のボーナスで国産高級車が購入できたといわれたほどである。(300万円程度)ボーナスは年間二回支給されるのだから、それだけで600万円である。それに基本給と残業手当が加算されるのだから、余裕で1000万円以上稼いでいたわけである。彼はイケイケの営業マンとして、活躍し、順調に出世していったのである。間も無く職場の同僚の美人の女性と結婚し、2人の息子にも恵まれて、誰もがうらやむ生活をしていたのである。

悲劇は、バブルの崩壊後にはじまった

順調にいっていた彼の人生が傾き始めたのは、30歳を超えてからの頃だった。人事異動で赴任した新しい部署の上司とそりが合わず、関係がどんどん悪化していったのである。令和の現在であれば、パワーハラスメントという言葉が存在するが、当時、職場の暴言暴力などは当然のことで、セクハラは女子社員とのコミュニケーションの潤滑油と言われていた時代である。男女雇用機会均等法も存在していないころである。彼は精神的に病んでいき、「うつ病」と診断され、長期間の休養をすることになったのである。

大企業なので、「うつ病」のケアは、しっかりと受けた

ほとんどの中小企業とは異なり、日本を代表する企業の精神的に問題のある社員に対するケアは、ある意味世界最高レベルである。仕事が原因で発症したのか、そうではないかを検証すること自体ほぼ不可能なので、結果的に手厚いケアになるのである。発症してからすぐに、通常勤務を外された彼は、ほとんど業務はしないにもかかわらず、正規給与の五割〜七割程度をもらいながら、治療を続けていたのである。

結局それから約10年間、彼は治療を継続し続けた

状態が多少よくなると、業務に復帰するための特別プログラムが組まれるようになるのだ。必ず定時に出社できるかとか、休みをとらずに連続で勤務できるかとか、言われた通りの作業ができるかなどを、見られるのである。その話を聞いて、結構びっくりしたのであるが、ようはそんなレベルでも大企業では受け入れるようになっているのである。中小企業ではありえない話である。問答無用で解雇のレベルであっても、大企業ではクビにならないのである。「就職するなら大手がいい」と多くの人が考えるのは、こういう点なのである。恵まれているのは公務員だけではないのだ。

10年間は、生産的な事は何もやっていないわけである

大手企業は本当にすごいと思う。何もやっていなくても、給料は五割〜七割程度支払われ続けられるのである。まあ、本人としても必死で、なんとか社会復帰をトライし続けたのであるが、「うつ病」はまったく改善しなかったのである。これは、どうにもならないわけである。

7年目に、妻とは離婚し、子供にも会えなくなっていた

奥さんを責める事はできないと思う。家庭でも、問題を起こしていたのである。子供に対する暴力行為などもあったという。本人も辛かったとは思うが、ある意味正式な病人なのであり、年頃の息子がいる家庭を維持することはできなかったのである。結果的に、別居・離婚し、なけなしの給料のほとんどは、養育費として妻に支払っていたのである。

解雇直前に彼が選んだ選択肢は自殺、遺族年金が毎月20万

遺書があったわけでもないので、真相はわからない。でも、大企業に在職中に死ぬと、家族には遺族年金が支払われるのである。これは、実はかなり高額なのである。彼が、定年退職する年齢まで、毎月、新入社員の基本給与と同額が支払われ続けられるのである。45歳だったので、65歳まで、20年間毎月、手取りで20万円程度が支払われるのである。金額でいうと約5000万円になる。それ以外には、生命保険にも入っていたので、かなりのお金が入るのである。少なくとも、2人の息子が大学を卒業するくらいのお金としては十二分であるわけである。

それでも死なないほうがよかったと思う

気持ちはよくわかるし、元奥さんはとても感謝しているかもしれない。でも、そうであっても、生きていて欲しかったと思う。彼が死んでしばらくしてから、世の中は本格的にSNSが動きはじめてきたのである。(2010年ごろ)通信会社のエリートサラリーマンだった彼は、ネット事情にとても詳しかったのである。YouTuberのヒカキンが有名になってきたのはそのあとである。彼は当時、ミクシーとかをやりまくっていたのであるが、あのままYouTuberになっていたら、一世を風靡していたのではないかと思う。元エリートサラリーマンからうつ病で解雇されたYouTuberの需要は、すごくあると思う。生きていれば、いろいろな可能性があったわけである。でも、死んだらおしまいである。ご冥福をお祈りしている。

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