スターウオーズ9を見にいった。(ネタバレなし)

日常の出来事

劇場で何回か泣いてしまった

ハリウッド映画の真髄なのだと思う。

本当に感動した。

観客が「見たい」と思うものを、形にして見せてくれるわけである。

そしていつも、その期待を超えるものを少しだけいれてくれるのである。

スターウオーズは全作見ているが、全作見なくても面白い作品と、

面白くない作品が存在する。エピソード9は、前者である。

過去の作品をみても、みなくても面白い作品である。

なぜ、最初の作品から42年もかかった意味が理解できた

レイヤ姫役のキャリーフィッシャーが今作品でも出演しているが、

第一回作品では20代であった彼女が、42年後には老女になっているわけである。

そのリアリティを出すために、42年が必要だったわけである。

結局彼女は亡くなってしまって、この作品では過去の映像での出演になったとのこと

であるが、本当にギリギリのタイミングだったわけである。

キャリーフィッシャーだけでなく、初期の作品に出ていた俳優が

歳を重ねた姿を見せてくれるのは、本当に嬉しい話である。

血族の話というのは感情移入ができるものなのである

この話には、多くの血族が出てきて、親子から孫まで様々な血族模様が

描かれているわけである。みんなそういう話が大好きなのである。

そういう話が好きな人が見ている映画なのだともいえる。

競馬の血統がとても重要なように、血統には意味があるわけである。

日本という国家も同様で、天皇家という血統を守ってくれる一族が

存在していているから現在の日本があるわけである。

王家がない米国人がそれをいっているわけで、人類の本能なのかもしれない。

まあ、感情移入できるわけである。

戦争映画での「死」のシーンには考えさせられる

スターウオーズは戦争映画である。

主要なキャラクターが死ぬ時には、大きな演出をつかって、

その死に大きな意味を持たせるわけである。

ところが、その反面、一瞬で多くの兵士が何事もなかったかのように

殺されていくわけである。

一人一人に物語があるわけであるが、それは無視されて

いくわけである。

本来命の価値に差はないわけである。でも、実際にはあるわけである。

それはみんな知っているが、口には出さないだけである。

こういう映画の表現でしか、表せないものなのである。

やっぱり映画は劇場で見るのがいい

スターウオーズは、劇場で見るのと自宅で見るものは全く違うものかもしれない。

どう考えても、劇場で見るべき作品である。

一番感じたのは、宇宙にいるシーンで、真っ暗闇の劇場では、まるでプラネタリウムのように

感じたことである。これは、自宅ではありえない感覚である。

映画を見ながら、星空を見れるなんて、とても素敵なことである。

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