子供は考えていることを言語化できない

楽しく生きるコツ

大人も同じ、考えていることを言語化するのは高等技術

幼稚園の時、母がつくったお弁当に春菊のおひたしが入っていて、苦くて食べれなかった。となりの女の子に「お弁当を残しちゃだめ」といわれ、口にいれたが苦くて吐き出してしまった。それでも彼女がにらみつけるので、私は春菊を口にいれ、そのまま水道に行き、水道水で胃に流し込んだ。それを数回繰り返し、春菊を食べきったのである。地獄のような経験であった。でもこの状況を母に伝えることはできなかった。説明できなかったのだ。春菊という名称も知らなかったからである。大人になり、ようやくあれが「春菊」でいう野菜であることを知って、今こうやって説明しているわけである。もちろん、優秀な子供は、うまく説明できるかもしれない。でもそれはそれで、もっとややこしいことを考えてるわけであろうから、何かしらうまく説明できない事柄はあるはずである。

大学生くらいに、小説みたいなものを書いたがうまくいかなかった

大学3年くらいの時に原稿用紙を大量に購入し、小説のようなものを書こうとしたことがある。10枚くらい書いて、なんかうまくいかなくてやめてしまった。なんというが全然うまくまとめることができなかったのである。文章を書くということはとても難しいと思った。自分が「楽しい」とか「嬉しい」とか感じたことを、相手に伝えることは、かなり難しい技術である。なぜ、それが「楽しい」とか「嬉しい」と感じたのかを、他人に理解してもらうためには、様々な状況を説明する必要があり、その上で「なるほど」と思ってもらうのは簡単ではないのである。

子供が、自分の考えていることを表現するのは至難の技である

赤ちゃんは鳴き声だけで、自分の意思を表現するわけであるが、多くの子供も赤ちゃんと基本構造は変わらないわけである。むしろ暴れるくらいの元気がある子供のほうが、自分の意思は伝えられる可能性が高いわけである。おとなしかったりすると、ほぼすべての彼の感情が、世の中の人にスルーされてしまうわけである。そして大人は勝手に解釈するのである。「おとなしくて、いいこだ」と。でもそんなことあるわけないのである。無口な子供ほど、実際に考えていることは、とんでもないことだったりするわけである。

言語化以外にも多くの表現方法がある

自分自身の意思を他人に伝える手段は実はたくさんある。音楽などはその最たるものである。自分の今の感情を音楽にして伝えるというのはとても有効な手段である。スターウオーズという映画があるが、あの映画をもっとも象徴的に表しているものは、テーマ曲だと思う。あの音楽を聞くだけで、すべてのことが目の前に浮かんでくるわけである。音楽以外にも絵画だったり、彫刻なんていう方法もあるわけである。スポーツで表現するというのもあると思う。

大人はそういう子供の意思を汲み取ってあげることが役割

子供の態度を見ていると、何らかしらの意思が出ることがあるわけで、それを汲み取ってあげることが大切なのだと思う。言葉も重要であるが、そもそもボキャブリーも少ないし、経験値も少ないのであるから、「なにかやりたいことがある?」というような聞き方は愚問になる場合が多いと思う。子供に「何か食べたいものがある?」と聞くと、たいてい2つくらいしか答えがでないのは経験値がないのだから当たり前である。そういう聞き方をすると偏食になるのは当然である。

自由に遊ばせること

ある程度気に入ったことが見つかれば、しばらくはそれをやらせておきながら、たまに新しい刺激を与えてあげるのである。息子が小6の時に、ロスアンゼルスに旅行に行き、UCLAのキャンパスに連れて行ったら、「留学してみたい」と言いだしたのは想定外だった。私自身は生まれてはじめて海外にいったのが23歳の時だったのであるが、「もう少し早く来ていれば違う人生だった」と感じた経験がある。ようするに海外に旅行にいくまで、留学に行くという選択肢について考えてことがなかったのである。結果的に33歳になって私は留学してしまうのであるが・・・

自分の意思を言語化できないと自分も理解できない

言語化するのは必ずしも他人に伝えるためではない。自分自身でもわかっていないことが多いのである。自分が何をしたいのか、明確に説明できる人はそうは多くないと思う。突然、「あなたは何のために行きているのですか?」と質問されて、完璧に答えられるひとは少ないだろう。仮に、完璧な答えをいったとしても、それが本当にその人の生きる目的なのかどうかさえわからないのである。きれいごとではなく、本当に自分が何のために行きているのかを自覚することはとても重要である。繰り返すが、それができている人はほとんどいないわけである。

自分の意思を言語化することは、子供よりも大人が必要なことである

自分の意思は何なのか?本当に自分がやりたいことは何なのか?現在の自分は何のために行きていて、それは本当に自分が望んでいることなのか?そういう問題から多くの人は避けて生きているわけである。誰もそんなことを聞いてこないからである。それを聞くのは自分自身しかいないからである。もっとも大事な存在は自分自身であるのに、そのもっとも大切な人の意思を確認しないで、多くの人は生きているのだ。すべての問題の根元はここにあると思う。

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