100年の恋が覚めた瞬間、卒業して3年後、太りすぎでビックマックをむさぼり食っていた

高校生活

中学時代に好きだった女の子に、数年後に町田のマックで再開

私は中学時代は不登校で、学校にあまりいっていなかったのであるが、気になっている女の子がいた。Mという女の子で、ちょっと陰があるのであるが、無口でおとなしいタイプの、小さい感じの女の子だった。私の中学は男子は制服だったが、女子は私服なので、彼女はいつも小綺麗なフレアのスカートを履いていた。本当にかわいかった。たまに休む日もあって、不登校の私としては、そういうところも気が合いそうで好きだったのだ。結局、3年間で会話をしたことはなく、もっというと、彼女の声を聞いたこともなかったのである。まあ、本当に淡い恋だったのだ。

3年後に偶然再会、変わり果てていた姿に唖然

それから3年後、彼女に偶然再会した。場所は、町田駅そばのマクドナルドの店内である。ややこしい話なのであるが、私は中学浪人をして、彼女より1年遅れて別の高校に通っていたのだ。ある土曜日の昼に、私はマックに昼飯を食いにいったのである。好きだった女の子なので、見間違うことはない。店内には、彼女がひとりでビックマックを貪り食っていたのだ。身体は膨れ上がり、当時の面影はファションだけだった。女子の制服はないのであるが、胸に学校のバッチがついていたので、ほぼ間違いはない。どうだろう。体重は100キロ近くあったと思う。並みのデブではなかったのだ。中学時代、一言も話していないので、話しかけることなんかできないわけである。もっとも話し掛けたいとさえ思わなかった。その日、完全に私の脳裏から、彼女への思いが消滅したのである。「よし、勉強やるか」と思い、受験勉強に熱がはいったものである。

20年後、クラス会で本当に再会した

それから20年後、クラス会があり、彼女に再会したのだ。その時は、昔のようなスリムな女性で、近づきがたいくらいの美女になっていたのである。でも、私にはにわかには信じられなかったのである。あれだけ太っていたのに、なぜ、ここまで痩せることができたのであろうか?人間わざとは思えなかったのである。思い切って私は彼女に話しかけ、20年前のマックの話をした。彼女は、「高校の時ちょっと太り気味になったことはあったけど、60キロにもなっていないので、それは私じゃない」といわれたのだ。おそらく本当だとは思うが、何か実感が湧かないのである。中学当時は、無口でちょっと陰のあった彼女が、とてもきらびやかで、饒舌な女性になっていたことのほうが、違和感があったのかもしれない。草原に咲く、野菊のようにかわいらしく、おしとやかな彼女が、花に例えれば真っ赤な薔薇のような女性になっていたことに、違和感を感じたのかもしれない。

結局、本当に好きな女の子は自分の偶像の中にしか存在しない

私が好きだった彼女は、私の頭の中で私が勝手につくりあげた偶像だったのである。「こういう女の子だったらいいな」という私の思いだけの存在なのである。まあ、オタク的な発想なのであることはよく理解しているが、実際に本当に好きなものは、頭の中にいる存在なのかもしれない。そんなことをいいながら、一応結婚はしていて、子供も二人いるわけであるが、実際の恋愛と、想像の恋愛というものを比較してみると気づくことがある。それぞれによさがあり、比べられないよさが、どちらにもあるということである。例えるなら、実際に野球をプレイするのと、野球ゲームの違いのようなものだと思う。必ずしもリアルのほうが面白いというわけでもない。もちろん、本当に面白いのは、リアルなほうだとは思うが、ゲームはゲームで面白いわけである。つまらないリアルもあるし、面白いゲームもあるわけである。当時の彼女のことを思い出し、彼女の笑顔を想像するだけで、幸せな気持ちになるのである。それはそれで、楽しいことなのだ。

タイトルとURLをコピーしました