新入社員の時に、「いつかお前にもわかる」とパワハラ上司にいわれたが、53歳になってもわからないでいる話

既得権者利益

1991年入社、新入社員の時に受けたパワハラは強烈だった

人生で一番きつかった話は、間違いなくこのパワハラである。

私は中学で留年したり、新興宗教に入信して在家になってから、そこを命からがら

脱出したり、いろいろな経験があるのであるが、

一番辛かったのは、新入社員の時の上司からのパワハラである。

当時はパワハラという言葉は存在せずに、自殺しない限り合法なのである。

自殺しても、罪に問えないケースのほうが多かったわけである。

実際に私の同期の女子も1名自殺しているが、訴訟などには

なっていないわけである。1990年代は、近いようで遠い時代である。

むしろ当時はまだ戦後だったのである。

わかりやすいのは、飲み屋で裸にされて、先輩数名から体中に酒をかけられた

ことがあった。あの時の、彼らの薄ら笑いはいまだに焼き付いる。

そのうちの1人が、最近子会社の社長になったという話を聞いたのであるが、

本当にヘドがでそうになった。

入社1年目のある日、その上司はいった

私はそれなりに反抗していたので、パワハラが終わることはなかったのである。

ある日、私なりにささやかな文句をいったのであるが、その時に彼が

「お前もそのうち部下を持つようになったら、必ず今の俺の気持ちが

わかる日が来る」といわれるのである。

あれから、約30年が経過し、私は今年54歳になるが、いまだに

「ふざけるな」と思っている。まあ、このまま一生そう思い続けるだろう。

パワハラは、加害者よりも、周りの人間のほうが責任が重いと思う

これは実感なのであるが、実は直接に私に危害を加えたパワハラの張本人には

そんなに深い恨みの感情はないのである。それよりも、それを見て笑っていた奴、

見て見ぬふりをしていたやつ、それを容認していた奴のほうが、

むかつくのである。

これは狂犬に噛まれた人間の真理と同じなのである。

放し飼いにしていた狂犬に噛まれたとする。悪いのは噛んだ犬ではない。

犬には大きな責任はない。その犬を管理していた飼い主の責任である。

むしろ、犬は被害者なのかもしれない。

まあでも、実際のパワハラ上司は犬ではないので、無論

今でも、顔を思い出すだけで吐き気がするほどである。

この会社を見ていると、大相撲の暴力事件を彷彿させる

最近の大相撲の暴力事件を見ていると、本当に似ていると思う。

かつては暴力が当たり前だったのは、相撲協会も大企業も同じなのである。

何もなかったかのような顔をしているが、20年くらい前に、上司が部下に平手打ちを

するなんて、普通のことだったわけである。

突然人権意識が高まったので、何事もなかったかのように

「パワハラも、暴力も一切ゆるしません」とかいっているが、

いっている本人も、パワハラをされてきて、自分でもパワハラをしてきた

張本人なのである。紙切れ一枚で、全てを変えることなどできないので、

現在もパワハラ問題は続いているのである。

電通の新入社員が自殺した問題があったが、逆の見方をすれば、彼女が自殺を

しなかったら、その会社は何も変わっていなかったわけである。

幸か不幸か、私が入社した会社は電通ではなかったが、

パワハラという点では、たいして差はないと思う。似たようなものである。

突き詰めていえば、資本主義社会の矛盾なのである

パワハラの問題は、特定の企業の問題ではなく、すべての企業や組織が

抱えている問題なのである。特に、資本主義社会では1円でも多くの利益をあげること

が善とされているので、利益をあげることが最優先されてしまうので、

パワハラなどが容認されてしまうわけである。

企業は仲良しクラブではないので、利益をあげることを追求し、結局、

そういう問題が発生するわけである。

ただ、昨今の状況では、かつてと比べて明らかに、多くの企業がパワハラ問題に

取り組むようになっており、当時とは比べものにならないくらい状況は改善している

と感じている。

それでも多くの企業では、かつての私のような社員もたくさんいるわけで、

なんとかそういう人が1人でも少なくなることを祈る次第である。

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