路上で駄々をこねている子供は、関心を持ってもらいたいのである

日常の出来事

路上や、店内で駄々をこねている幼児の姿を目にする。「お菓子を買って」とか「家に帰りたくない」とかいろいろなことをいって親を悩ませている。多くの場合、彼らの目的は、親に関心をもってもらいたいという理由なのである。お菓子が欲しいのではなく、お菓子が欲しいと言えば、自分に関心をもってもらえるのだ。もし、「ダメよ」といわれたら、かえって嬉しいわけである。怒る理由ができたからである。「待ってました」とばかりに、大声で叫び出すのである。これは人間の本能である。誰かが自分の存在を認識してもらえない限り、自分の存在価値はないのである。それがポジティブでもネガティブでも関係ないのだ。存在を認識してもらいたいというのは人間の根源的な本能なのである。社会とうまく順応できない青年が、大事件を起こして逮捕されることがあるが、あれも人間の本能である。自分に関心を持ってもらいたいのである。ああいう事件がなければ、社会からは存在していることも認識されないような人の場合が多い。というよりも、自分は誰からも存在を認識もらっていないと感じている人である。小さな子供は本能の塊なので、隠すことができないで、爆発しているのである。ゆえに、子育てで一番大切なことは、関心を持つことである。まだ親から殴られている子供のほうが、無視されている子供よりはマシなのである。親からひどい暴力を受けてもまともに社会人としてやっている人はけっこういるが、親から無視(ネグレクト)されて、まともに育った人間はほぼ存在しないのである。存在しないから、話題にならないのである。

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