こだわったものには価値がある。3歳の時の思い出

ノスタルジー

あの日のことはよく覚えている。

母と二人で秋田県横手市内にあるおもちゃ屋さんにいったのだ。

3歳の時である。1969年のころだ。

目的は、乗用の子供向けの自動車のおもちゃを買ってもらうためである。

店の中に、十数台の自動車が並んでいて、その中から好きなものを選ぶことになった。

私は、すみっこのほうに、1個だけ別においてあった、明らかに他の車とは

違う雰囲気と質感をもった自動車に気を取られた。

まったく迷わずに、「これがほしい」といったのである。

そうしたら店員さんが、「この自動車は問題があって、返品しなければいけないので、

これだけは売ることができません」といってきたのである。

私は泣き叫び、「これじゃなきゃ嫌だ」と床にひっくり返り、大暴れをした。

そうしたら「しょうがないね。内緒ですよ」といって、この自動車を買うことができたのである。

当時三歳で、どこがどう違うのかなんて、まったくわからなかったのであるが、

この自動車は小学二年生まで所有していたので、そのころには理由が

わかってきたのである。

私が買ってもらった自動車は、ブリキ(金属)製だったのだ。他のものは、

安全なプラスティック製で、おそらく当時安全面での何らかの規制が強化され、

金属製からプラスティック製に、変革されたのであろう。

それで、メーカーに返品されるべき、最後の1台がたまたま店舗内にあり、

私がそのクオリティの差に気づいてしまったのである。

イメージしてもらうとわかるが、プラスティック製の模型と金属製の模型は、

まったく質感が違うわけである。正直なところ、私が選んだ車のデザインは、それほど

よくなかったのであるが、デザインを凌駕してあまりあるほど、その質感の差を

感じたのである。われながら、いい買い物をしたと思う。

3歳の時の経験なのであるが、昨日のことのようにはっきりと覚えている。

自分の感性は、けっこう正しいと思う。もしかしたら、独りよがりのこともあるかもしれないが、

自分の好み通りのことをやっているわけで、他人にとやかく言われる問題ではないと思う。

自分が好きなことを、ただ続けていくということに意味があるのであって、

それだけの話である。少年時代は99%くらい、自分のやりたいように生きてきて、

中学生くらいから、少しずれてしまったような気がする。不登校で4年間学校に行かなかった

のは、それが自分にとって最善の方法だったからである。

社会人になり、かなり自分のやりたいことを我慢するようになり、それは

長い目で見ると、自分らしくない時期だったと感じている。

自分らしく生きることができないと感じた時に、すぐに行動するべきだったとは

思うが、それもできなかったわけである。

でも51歳になって、ようやく決心がつき、大手の会社を辞めることができたのは、

本当に良かったと思う。

それからの毎日は、大変なこともあるが、基本的に毎日ワクワク楽しいこと

ばかりである。苦境に陥ると、必ず、想像もしていなかった新しい考えが浮かび、

それに従って行動すると、バラ色の道が見えてくるのだ。

自分の感性に従って生きるということは、人生にとって、最も大きな意味を持つ

ことだと思う。だから、あの3歳の時の感覚を、今も忘れないのだろう。

タイトルとURLをコピーしました