信長と家康は秀吉と格が違う

生きる理由

この三人の比較は本当に面白いし、意味があると思う。様々な意見があり、それぞれに納得できる理由があるからだ。私自身でいえば、人間的には家康が一番好きである。信長は日本歴史上最大の革命家であり、そういう面では別格ともいえる。家康は、本当にこの人は国民の幸せを最優先に考えた人なのだなあと思うし、結果的に三百年継続したシステムをつくりあげたという点では、これもまた日本歴史上例のないことであり、秀逸だと思うわけである。そう考えると、秀吉という男は、天下人にはなったのかもしれないが、単なる策士であり(二人に比べると)、明らかに格が一段低いと感じるのである。国民の幸せを願ったわけでもなく、単に自分が築いた権力を維持しようというのが最大のモチベーションであったような気がする。しかも、結果として彼の一族は滅亡し、令和の現在誰一人として子孫は生きていないわけである。徳川さんや、織田さんは、たくさんいるのに、豊臣さんは誰一人、存在していないのだ。天下人として、豊臣家を存続させることはおろか、滅亡させてしまったのだから、これは明らかな失敗であるといえる。ゆえに、秀吉は、信長や家康との比較の対象にならないほど、格が違うと感じるのだ。自分のことしか考えないという生き方は、よくないということをこのことは教えてくれていると思う。別に権力者になることが悪いとは思わない。でも、世の中をよくしようという考えが根底にないのなら、やってはいけないというか、権力者になる資格はないと思う。家康は、自分の大切な長男を切腹させたり、かなり苦渋の決断をして生きてきた男である。それは世の中のためという目的があったため、実行したのである。私にはできないと思う。やっぱり自分の息子を殺すなんてできない。でも、そのおかげで、平和な時代が実現したのは史実である。秀吉や家康がやったことは、すべて織田信長が考えたプランの継続であり、オリジナリティの99%は信長であり、そういう意味で信長はさらに別格なのである。秀吉は「たまたま権力者になった人」くらいの人なのだと思う。グランドビジョンをどのように持つかということは、とても重要なことというか、すべてといっても過言ではないと思う。

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