高3の息子が受験に合格し、私は既得権者になったのだろうか?

既得権者利益

高3の息子が大学受験に合格し、4月から志望校に通うことになった。数年後彼が立派に卒業し社会人になり、有名企業に就職したら、私の人生は成功したといえるのだろうか?多くの人は、息子が一流企業に就職したらうれしいだろう。その気持ちはよくわかる。でも、幸せって、人によっても状況によっても違うわけである。何が幸せなのかというと、本人がニコニコ笑っていて、周りに彼の好きな人がたくさんいて、一緒に楽しく生活や仕事をしていれば、幸せだと思うが、一流会社に就職するなんてことはどうでもいいことなのである。東京大学を卒業し電通に就職した女の子は、入社してすぐに自殺をしてしまったわけである。彼女も彼女の彼女もとても不幸である。でも最高の学校で、最高レベルの企業に入ったわけである。でも死んでしまったわけである。殺されたといったほうがいいと思う。彼女は退社すればよかったわけであるが、其れができずに自死してしまったのは、何かの力が働いていたからである。その見えない呪縛に支配されていたわけで、それが彼女が不幸だった理由である。多くの人は既得権者になろうとする。それは既得権を取得すれば、幸せになれると信じているからである。もっといえば、そういう信仰を持っている人が世の中には多数存在し、活動しているわけである。感覚値でいえば、世の中の60%くらいの人は何らかの既得権者だと思う。極端なことをいえば、日本という国に生活しているだけで既得権者なのである。そう考えるとこの国にいるすべての人が何らかの既得権者なのかもしれない。ゆえに、既得権者には寛容なのだと思う。私は息子が大学に入学したことは素直にうれしい。唯一の希望は彼が幸せになってくれることである。大学3年になって突然「やりたいことができたから、大学をやめる」といったら、何もいわないと思う。彼が幸せと考えることが幸せなのだと思うので、私の意見は関係ないと思うからである。その時に世の中がどのように変化しているかなんて誰にもわからないのである。その場その場で、自分自身で判断するより仕方がないのである。正しいか間違っているかなんて誰にもわからないのだ。彼は私の意見はあまり聞かないが、「悩んだら、楽しそうなほうにいったほうがいいよ」とだけいっている。それに従っているかどうかはわからない。人生は長いようで短いし、短いようで長いと思う。もったいないということは何もないのだ。自分のやりたいことに従わないほうが、もったいないと思う。

タイトルとURLをコピーしました