自分を守るために他人を攻撃する人

ほとんどの人は自分を守るために他人を攻撃する。子供を叱る親は典型である。自分が正しいと信じているのだ。だから、無条件に叱るのだ。叱ることは、「このこの将来のため」だと思っている。信念といってもいい。だから場合によっては殴ることもできる。なぜなら、このこのためなのだから。自分が攻撃する理由を正当化することは完璧にこなしてしまうのだ。おそらく、同じように親からされてきたので染みついているのである。殴る親は悪くない。その人も殴られてきたのだから、被害者なのである。子供もかわそうであるが、親はもっとかわいそうなのかもしれない。だから、殴る親を責めてはいけないのだと思う。むしろ、必要なのは同情である。どうやっても変えることができないのであれば、さらに同情してあげたほうがいいと思う。どんな状況になっても、自分を正当化して、わが子を殺したことさえ、隠し通してしまう人だっている。そんな人は、同情の極みである。本当にかわいそうな人である。目の前にそういう人に出会ったらどうしたらいいのだろうか?難しい。正論をいって、追い詰めても、何も解決しない。会社の上司だったら、逃げてしまうのが一番いいと思う。でも自分の親がそうであって、自分が小さい子供だったら、悲劇である。できるだけ助けてあげたい。警察や児童相談所に連絡して、なんとか救い出してあげるようにしたい。絶対に周りの人は気づいているのだ。隔離した環境で生きることはできないから、何かの世間との接点は存在するのである。間違いなく施設で暮らすほうが幸せな子供は存在する。最近の施設はかなりまともである。40年前とは違うのだ。それでもすぐに、問題を0にすることはできないかもしれないが、少しづつやっていけば、徐々に減っていくはずである。日本における凶悪犯罪は激減している。その反面、いじめなどの問題は増えているが、それも徐々に減っていくはずである。でもまた、想像もしていない新しい問題が起きるのだ。それを繰り返していく。1000年もすると、かなりいい社会になっているはずである。江戸時代、武士は夜になると、辻切といって、町人を殺しまくっていた。これは罪に問われないのだ。そんな時代と比べたら、だいぶよくなってきたと思う。大進歩である。いろいろな問題も少しづつよくしていくのだ。一気に変えようとすると、うまくいかないから一歩づつである。

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