生きる目的について

生きる理由

「何のために生きているの?」と聞かれたら、「世の中を少しでもよくするため」と明確に答えることができる。これは全く揺らぎがない。もちろん、完璧な人間ではないし、きれいごとをやっていきているわけではないが、自分のやっていることが世の中のためにならないと判断したら、絶対にやらない。子供ではないので、枝葉末節ではいろいろと問題が起きたりはするが、大きな方向性として世の中のためにならないようなことは決してやらない。物事の大小にはそんなにこだわってはおらず、方向性として世の中にとってよくないと思うことはやらないのである。例えば、パワハラや暴力は、組織を維持するためには役に立つ場合もあるかもしれないが、私はやらない。世の中のためになるとは思わないからだ。公衆トイレの清掃員の人にはできるだけ、「いつもありがとうございます」とお礼をいうようにしている。本当に心から感謝しているからだ。彼らのおかげで、気持ちよくトイレを利用できるからだ。自分のできる範囲で、少しでも世の中がよくなるようにしていこうと考えているのだ。できればその範囲が少しづつ広がるとうれしいと思う。そして、私の考えに共鳴してくれる若い人が増え、彼らも同じように世の中のために活動してくれて、その輪が広がればとても素晴らしいことだと思う。ボランティアは余裕がある場合にやればいいと思う。まずは仕事である。仕事で社会に貢献することだと思う。余力があれば、ボランティアもやる。順番が逆になってはいけないと思う。これは、思い付きではじめたことではない。自分なりに熟考してだした結論なのである。もし、自分の二人の息子が医者になり、金持ちになったとする。でも彼らの友達の多くが貧しくて苦しんでいるのに、自分の息子たちだけが裕福な暮らしをしていたとして、それが幸せだとは思わない。それを幸せだと思うような息子だとしたら、どうしようもない奴だと思う。息子たちも友達も、その家族も、その友人も、その知り合いも、すべての人が幸福になれないかぎり、本当の幸せは訪れないと考えたのだ。世界中のすべての人が幸福だと感じ、そして彼らがまわりの人間をみても、「みんな幸福だ」と思える社会を実現することが目標なのである。世の中の50%の人がそういう意識になれば、50年くらいで実現できるのではないかと思う。今の世の中にあるように、トップの人間だけが富を独占して、自分の周りだけに分配するような社会がいいわけがない。国会議員の年収は給料だけで3000万円くらいである。どう考えてもおかしいだろう?

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