江戸時代は地獄か天国か?:解釈によって真逆になる

生きる理由

戦国時代が終わりを告げ、300年の安定の時代になった江戸時代をどのように解釈するか?大きな戦争がないわけだから、平和で素晴らしい時代という解釈もある。徳川家のような支配層に君臨できれば、幸せだったのかもしれない。ところが99%の民は、管理され、職業選択の自由もなく、生まれた瞬間に決められた人生だけを過ごさないといけなかったわけである。農民から日本の頂点になることができた時代とは、雲泥の違いである。戦争はなくなったが、明確な身分制度ができたから、トップ階級にいれば居心地がいいが、一般人は理由もなく殺されても文句ひとついえなかったのである。江戸時代を象徴する出来事が、辻切である。夜間などに、武士は歩いている町人を遊びで切り殺していたのである。有名な話としては、人格者として知られる水戸光圀(水戸黄門)も、「一度やってみたが、あんなことは二度としない」といっているほどである。ようするに、みんなやっていたのである。とんでもない時代なのである。江戸にはゴミ一つ落ちていないし、捨てるものがないもない倹約と工夫の文化があったとかいう人がいるが、ようは極貧でものがなかったのである。ゆえに、飢饉で飢え死にする人がゴロゴロいたわけである。明治維新が起きたのも、そういう閉塞感がある状況に、坂本龍馬をはじめとする意思のある人間が立ち上がって起きたわけである。考えてみると、江戸時代の中期の人の多くは、絶望が日常だから、絶望すらしていなかったと想定できるのだ。夢も希望もない時代である。現代でも、「江戸時代はすばらしい」という人は多い。それはある一部の側面だけを切り取ってみているからである。町人や農民などの男子は、長男以外は基本結婚することができない。なぜなら、多くの上級者たちは基本的に複数の妾をもっているわけで、男女の数はほぼ同数だから、物理的に結婚などできないのである。だから仕方なく、吉原などの遊郭にいき、どうしても結婚したい人は、遊女を身請けして結婚していたわけである。女性は結婚できるから幸せかといえば、とんでもないわけである。本妻になれる可能性は低く、誰かの妾になったとしても、気まぐれで捨てられたら終わりである。子供を産めなくて、年を取ったらまず捨てられるわけである。こんな時代を、「すばらしい」と思う神経のほうがどうかしていると思う。「戦争があったほうがまだましだ」と思っていた人も多数いるわけである。何が本当の意味で正しいのかということは誰にもわからない。でも、何が本当の幸せかを考え続け、そのための改革を続けることに意味があるのだ。多くの普通の人は、権力を握ると、その権力を維持しようとする。普通の人はそうするのだ。私の解釈は、徳川家康は偉大である。彼が戦国時代を終わらせた功績はとても大きい。でも、そのあとに14人いた彼の後継者たちのほぼすべては、能力が高くなかったわけである。ゆえに、もちろん、徳川綱吉のような相対的に有能な改革者も存在したが、平均するとかなりレベルは高くなかったわけである。誰かのいっていることを、鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考えて判断することが重要だと思っている。「誰誰がいっているから正しいだろう」という発想は捨てたほうがいい。権威者であるほど、彼らは自分たちの利益を維持することしか考えていないからである。別の見方をすると、権力者のほとんどは普通の人間なのである。ゆえに、改革をしないのだ。自分の脳で考えて、何が正しいのか考えて行動することが、もっとも重要である。江戸時代はそんなにいい時代だとは思わない。

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