幸せになりたいと思うと、必ず困難がやってくる

日常の出来事

これは当然のことなのだ。幸せとは、不幸との落差であるからだ。不幸といわれるような状況になり、そこから這い上がってくればくるほど幸福を感じる割合は高くなっていくわけである。大金持ちの家庭に生まれて、何不自由ない生活を継続している人は、幸福を感じることはないだろう。それが普通なのだから。よって、経済的なもので幸福を感じることができないから、芸術とか別の分野で幸福を求めたりするわけである。ところが、貧乏だったりすると、経済的に改善するだけで幸福感を感じることができるわけだから、むしろ簡単に幸福になれるわけである。思考は現実化するということは事実である。自分のかんがえているようにしか人間は生きることができないのだ。ゆえに幸福になろうとすればするほど、困難がやってくる。それを克服すると、幸福感を感じるのだ。困難を克服しないかぎり、幸福にはなれないという見方もあるのだ。本当に今のままでいいと思えるなら、今のままでい続けるだろう。でも周りの人たちが上昇していくなかで、自分だけが現状のままでいるようになると、それは相対的に落ちていくことになるのだ。でも、それを本人が望んでいるのであれば、そういう現実が目の前にやってくるのである。幸福になろうとする前に、どういう状態が幸福なのかをしっかり考える必要がある。お金だけで幸福を感じることができるのか?できるわけがないのだ。でもお金は重要である。お金を否定しても幸福にはなれない。人間はひとりでは生きていけない。自分自身が誕生したことも、1人の力ではない。少なくとも父親と母親の2名がいなければ存在していないわけである。よって、周りの人間を幸福にしないかぎり、自分自身が幸福になることもないのだ。つきつめて考えると、地球上のすべてのひとが幸福にならないと自分も幸福にはならないのである。少なくとも、地球上のすべての人が、今日よりも明日のほうが少しでも幸福だと感じることができるだけでも十分だと思う。それを実現する方向に向かって歩いているだけで、幸福になれると私は考えている。

タイトルとURLをコピーしました