受験戦争に意味はほとんどない

既得権者利益

単純に考えて、数学や国語や英語の偏差値を現在よりも10伸ばして得られるものはほとんどないわけである。ドラクエをクリアしたような達成感はあるかもしれないが、合理的な意味合いはほぼないと思う。物理学者になりたい人間が、数学や物理の勉強をやることは意味があると思う。それはどんどんやるべきだろう。でも、医者になりたい人間が必要以上に数学の勉強をしても意味はないと思うのだ。無論、最低限の勉強は必要である。でも、ふり分けるための試験が、5教科である意味はほとんどないと思う。そんな時間があるなら、医者になりたい人間であれば、医療に関係することを勉強したほうがはるかに意味があると思うからだ。でも、世の中の仕組みがそうなっていないから、仕方なく受験勉強をやるわけである。私自身の経験でいえば、米国にMBAで留学したした時、入学試験にGMATという試験があり、そのために数学の勉強をしたのであるが、あれは本当に辛かった。入学のためには点数をあげないといけないのだ。英語と数学の試験があるのであるが、英語は難しすぎるので、数学のほうが勉強すれば点数は取りやすいのである。英語の勉強をしている時は楽しいが、30歳を超えて数学の勉強をしている時、本当に辛かった。因果関係を全く感じないまま、入学するためだけにやる勉強は本当に辛かった。今思い出すと、何も役になっていないと思う。思い出すのは、神経性胃炎である。本当にお腹が痛くなったのである。実際にGMATの数学は、日本で言えば数1レベルの内容なので、センター試験で60点くらいとれる実力があれば、満点を取れるといわれているのだ。そんなレベルに私は達していなかったのである。私立文系だったので、数学は高一以来ほとんどやっていない。どうせ文系に行くのだから、全然気合をいれて勉強していなかったのである。こんなことなら、理系にしておけばよかったとちょっと後悔している。受験勉強は無意味だとは思わない。中学か高校か大学で1回くらいはやってもいいと思う。その程度である。無意味だと理解することにも意味があると思うからである。「なぜうちの親は殴るのか?」「なぜあの教師は高圧的なのか?」とかについての学習であれば、ものすごい大きな意味があると思う。「どうやれば、プロ野球選手になれるのか」なんていうのも面白いと思う。「なぜ日本は太平洋戦争で米国に負けたのか?」なんていうのは本当に意味があると思う。そういう科目にするなら、受験勉強も意味があると思う。

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