恐慌になっても餓死者はでない

事件の深読み

もうすでに恐慌になったのかもしれない。かつて歴史上で何回起きていた恐慌が目の間にあるわけである。経済はよくなる時は二乗倍でよくなり、悪くなる時は二乗倍で悪くなるものである。上場して大儲けできるかわりに、失敗すれば大損するわけである。「このままでは生きていけなくなる」と思っている人がいるかもしれないが、それは間違っている。不況とか好況というのは、経済の問題であり、農業や漁業などとはリンクしていないからである。人間はとりあえず、飯をくっていれば死ぬことはないのだ。景気というのは悪くなればよくなるもので、これも過去の歴史から「景気循環」というものが存在していることを我々は知っている。ようは、しばらくすれば勝手に回復するのである。その時は、今回、落ちたのと同じような勢いで上にあがっていくのだ。不況であれ、好況であれ、農耕地の作付け面積に大した差は起きない。むしろ確実にある程度の利益が期待できる農業へのシフトが行われるはずなので、供給量は増えるはずである。工場生産物は間違いなく減るわけである。特に贅沢品は減っていくのは確実だ。当然である。これからしばらく続く不況に合わせて身の丈の生活を維持することができれば、そのうち景気がよくなるので、それまで待つだけである。金をかけないで楽しめることはたくさんある。好きな人と、近所の公園に行き、散歩をして弁当を食って帰ってくる。公園でバトミントンでもやったり、自転車に乗っているだけでも本当に楽しいものである。好きな人といっしょであれば。コロナウイルスの問題は、人類に「幸福とは何か」について問いかけているのだ。

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