2020年に東京五輪が開催されることは100%ない

事件の深読み

もう確定である。考えてみればわかる。予選もできないくらい世界中で混乱しているのに、できるわけがない。メジャーリーグも、NBAも中止や延期をしているのだ。できるわけがないだろう。それどころではないからだ。津波がこちらに向かっているのに、誕生パーティをやるかやらないかで悩むようなものである。1日でも早く政府もしくは五輪委員会が中止を発表するだけで、混乱はやわらぐはずである。何も躊躇する理由はない。問題は、中止なのか延期なのかだけである。これだって、現時点で決められるわけもないのである。コロナウイルスの騒動が来年まで続くのであれば、来年開催も無理だろうし、そんなことは後で決めればいいはなしである。それさえ決めることができないなら、思い切って「中止」にするしかない。仕方がないではないか。パンデミックは津波以上に大きな問題である。なぜなら、ウイルスは簡単に消えないから。政府や五輪委員会が躊躇するのは、「儲からなくなる」からである。それだけの理由なのだ。命が最優先だろう。それに優先することなどないのだ。でも、かつての薬害エイズ事件などを見てもわかるように、日本政府関係者は、命よりも金の方を大事にする傾向があることを忘れていけない。国民がしっかり監視しないと同じことをするはずだ。彼らは巧妙だから、上層部は決して逮捕されないように手を打つわけである。それはそれで仕方がない。北朝鮮から拉致被害者が帰ってきた時、金正日は「拉致の犯人は処分した」とかいっていたが、我々はそれを笑えない。小泉さんだって。「犯人はあんただろう」と思っていても、いえなかったわけである。日本政府も北朝鮮も同じようなことをしているから、似た者同士なのだ。森友事件などで本当に政府に責任がなかったと考えている人がいるとすれば、おめでたい人である。人類の歴史を見ると、たまに革命が起きて、その革命を起こした人もすばらくすると落ちていく繰り返しである。それでも革命は起きたほうがいいのだ。少しづつしか社会はよくならないからだ。今回の騒動は、何らかの大きな変革の予感がする。

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