この世の仕組みの中の幸福と、本当の幸福は別のものである

楽しく生きるコツ

日本で生まれ育ち日本語を話し、日本文化の中で育ったとしても、両親が外国人であれば日本人ではない。二十年間別居して一度も会話をしていない夫婦であっても、離婚届を提出しないかぎり彼らは夫婦なのである。犯罪を犯しても証拠がなく裁判で無罪判決がでれば無罪である。すべて事実とは異なるのだ。でもこの世の仕組みでは、そうなってしまうのである。それは矛盾ではない。単なる仕組みの話である。本質的に何かを求めることと、仕組みとして何かをしようとすることを、ごっちゃにすると訳がわからなくなる。本当に幸福になりたいということと、仕組みの中で幸福になりたいことは真逆になったりすることさえある。本質的に何をしたいのか、何をしたくないのか、ということにフォーカスしないと、人間が幸福になることはないと思う。どんなに貧しくても、まわりにいるすべての人がニコニコと笑い、助け合って少ない食べ物をシェアして生きている時に、彼らは幸福だと思う。お金があるか無いかということと、幸福とは必ずしも一致しない。幸福な人は、金があってもなくても幸福であり、不幸な人は金があってもなくても不幸である。金持ちになりたいかということと、幸福になりたいかということは、同じではないのだ。結果として、金持ちのほうに幸福な人が多いのは事実である。なぜなら幸福のある部分に物質的な満足が必ず必要だからである。幸福に死んでいく餓死者はそうはいないだろう。当たり前のことである。本当はこの世の仕組みと、人間が本質的に幸福になることが一致していることが望ましいのである。いつか、それが実現できる時代が来るとは思うが、現代社会はまだまだそれとは乖離しているわけである。コロナウイルスの問題が起きて、世の中が大きく変っていくのを人々は感じている。株価の下落、これから来る大不況、就職難、・・・・それはちょうど、第二次世界大戦直後の焼け野原のようなものと同じである。かつて人類は、そこから大きく跳ね上がり、現在の社会をつくったのだ。これから生まれる新しい世界をどのようにイメージするか?松下幸之助は、「すべての人の家庭に、テレビ、冷蔵庫、洗濯機があるようにしたい」と思ったわけである。当時はみんな「ありえない」と思ったことが現実化したではないか。私はこんな感じで思っている。「すべての人が毎日ニコニコ笑って楽しく暮らせる社会にしたい」でも、多くの人は「そんなの無理だよ」と思っているかもしれない。2~3年では無理かもしれないが、20年もあれば案外できるのではないだろうか。

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