五輪1年延期は最悪の決断:損切りの大切さ

事件の深読み

経営者にしても、首相にしても、組織のトップは決断をしなければいけない場面が数多くある。一番難しいのは、損切りの決断である。何かを切る時の決断が最も難しいのである。株で考えるとわかりやすい。落ちていく株をいつ売るかという決断である。売った瞬間に損失が確定するのだ。もしかしたら、翌日に急騰するかもしれないのに、売ってしまえばジエンドである。ダラダラと決断を先送りにして、どんどん株価が落ちて、破産してしまった人は山のようにいるのだ。東京五輪を1年延期するという話は、一見すると妥当な決断のように思える。でもよく考えてみると、理屈で考えあぐねた中途半端な妥協の賜物だということがよくわかる。どうしても開催したいのなら、間違いなく2年延期である。これであれば開催される可能性は50%以上あるだろう。とにかく実現する可能性はかなり高いと思う。無論、余計な経費はかかるだろうが、とにかく開催するという目的は達成できる可能性は高くなる。ところが、1年延期というのは、まだコロナウイルスが蔓延している可能性は高いし、ワクチンが開発されるかどうかは無論不透明である。考えて見て欲しい、エイズウイルスのワクチンが発明されたという話を聞いたことがあるだろうか?まだできていないのだ。なんで、コロナウイルスに有効なワクチンが1年後に開発されると確信できるのだろうか?仮にワクチンができたとしても、そのことと東京五輪来年開催は直接的にはリンクしない。世界情勢によるからである。安倍さんは、そのころには首相をやめればいいと考えたのだろう。うまくいけば、首相を継続して、失敗したら誰かにやってもればいいと思ったのかもしれない。少なくとも、問題を先送りし、結論がでるころに問題が深刻化していたら、自分がやめてしまえばいいと思ったのであろう。もっといえば、今、中止を決断すると、その大混乱の責任を自分が取らないといけなくなるのを避けたのである。「めんどくせえ」と思ったのだ。これはダメなリーダーの典型である。最悪のシナリオは、来年の開催が中止になることである。これだけを回避するだけで、どれだけの利益を維持することができたのであろうか。トップが一番やらなくてはいけない仕事は、最悪のシナリオを回避することである。この場合の最悪とは、延期したものが最終的に中止になることである。これは十分に想定できることだ。ゆえに、最善の決断は、即座にやめて中止するか、2年後の開催である。即座にやめると、無論、日本市場は混乱するが、悪材料出尽くし状態になるから、意外に道は開けるものである。かつて、青島都知事が都市博を中止したが、それほど大きな混乱は起きなかったではないか。2年後の開催というのも、現実的かもしれない。かつて人類を襲った大きな流行病は3つある。ペスト、コレラ、スペイン風邪である。そのどれもが2年程度で収束しているからである。コロナウイルスがそれらを超えるものかもしれないが、同様に2年程度で収縮すると考えれば2年後の開催はまあ合理的である。そのどちらでもない1年後の開催を選択してしまったのは、トップとして致命的であると感じた。問題を先送りして、博打にかけるやりかたで、うまくいった例はほとんど存在しない。日本が米国に勝ち目がなくなった時点で降伏していればよかったのに、その後とどめの原爆投下までされて、敗戦したのはその好例である。あのころの日本軍は、「そのうちドイツが原爆を開発してくれて、それをアメリカに投下して、三国同盟が勝利するのだ」とか考えていたのかもしれない。撤退する決断とは、本当に難しいのだ。後から考えると、日本は早めに降伏していたほうがはるかにマシだったことが誰でもわかるのに、当時はできなかったのである。コロナも同じだ。もう遅いが、日本政府は最悪の決断をしたのである。繰り返すが、最悪の決断とは、最悪を避けるための決断をしなかったという意味である。安部さんは、「五輪中止が最悪」と思ったのかもしれないが、最悪は「延期をした後の中止」である。

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