修羅場を経験した人間とそうでない人間の差

生きる理由

修羅場とは何か?

生死の境といってもいいと思う。

生きるか死ぬかの瀬戸際を経験した人とそうでない人の差は歴然としたものがある。

よっぽどのバカでない限り、修羅場を経験した人間の凄味は本能的にわかるわけである。

ライオンを知らない人でも、ライオンに遭遇したらビビってしまうのと同じである。

具体的にいうとわかりやすい。

ある程度の年配者で戦争経験者は今でもけっこうたくさん生存されているわけである。

実際に戦地にいって、ドンパチやっていた人と、そうでない人には明らかな

違いはあると思う。女性でも同じである。

空襲などを経験して、周りの人が犠牲になったのを経験している人と

そうでない人の違いというのは明らかにある。

私の知り合いで、海軍兵学校に通っていて、卒業する前に戦争が終わってしまい

戦地にはいったことのない人がいたが、なんか薄っぺらい感じがしたものである。

一方、「ボルネオ島ではうじ虫を食って飢えをしのいだ」と言っていた人の

凄味は今でも忘れることはできない。

なんか、別の生き物なのである。

そう考えてみると、私などは甘い人生を歩んできたなと思う。

本当に生死の境なんて彷徨ったことなどないのである。

幸福な人生である。

ゆえに、そうでない人にあった時に、その違いが肌でわかるのである。

年齢は関係ない。

私の友人は私より25歳も若いが、凄味が違う。

修羅場を経験しているからだ。

ヤクザの前で、殺し合いの喧嘩をやったことがあるという話を後で聞いたが

納得したものである。

修羅場なんて経験しないほうが幸福なのかもしれない。

でも経験してしまったら、それは大きな財産になるのである。

もちろん失敗したら、死んでしまうわけで、そういうリスクを背負わないといけないのだ。

私の祖父は、胸に大きな傷があった。

「満州事変でロシア兵に撃たれた」といっていた。

「もし、そのあと日本兵が助けに来なかったら、あのまま死んでいたよ」と

いっていたが、そうしたら私はこの世に存在していなかったわけである。

なんかすごい人だった。

毎朝必ず般若心経を唱えていた。

「ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい」というところがおかしくて、

私はげらげら笑っていても何にもいわなかった。

大企業の社長になるような人は、たいてい修羅場を経験していないものである。

ごくまれにそういう人がいるが、たいてい名経営者になっているものである。

ダイエーの中内功とかはその代表である。

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