仲間が近くにいることが一番大事である

人類とは1人では生きられないような構造になっているのだ。

大海を泳ぐ多くの鯨は群れをつくらないが、鰯は大きな群れでしか

生きていけないわけである。

人類は鰯のような存在である。

チームを作り発展して、地球という生態系で頂点にまで上り詰めた

生き物なのである。

ゆえに仲間が大事なのだ。

好きだろうが嫌いだろうが、仲間がいないと生きていけないわけである。

まわりの人が嫌いな人ばかりという人もいるだろう。

できればというか、それだけは絶対に避けないといけない。

嫌いなひとばかりだったら、そこから離れることである。

新しいコミュニティを見つけるのではなく、そこから離れることが

一番大切なことなのである。

今まであったところにスペースができると、そこには自然に

新しいものが入ってくるのだ。

断捨離をして部屋のものを半分以上処分したとする。

1ヶ月もすると、何か新しいものが置かれるようになるわけである。

仲間も同じである。

どこかから離れると、そこに必ず新しい誰かがやってくる。

もちろん数日なのか、数ヶ月なのか1人の時間があるかもしれない。

本当に1人だけがいいなら、そのままという人も存在するわけである。

それはそれでいいと思う。

仲間は自分1人だけである。山奥で暮らすなんてのも悪い話ではない。

でもたいていは、誰か新しい仲間がやってくるものだ。

人間の価値というものは、本当に多岐にわたっている。

若いということ、年をとっているということ、男であるということ、女であるということ、

日本人であるということ、極論すれば生きているということだけにも

大きな価値があるのだ。

自分自身の存在価値を認めてくれる仲間は重要である。

そいつが働けなくなったりしても何とか守ってやりたいと思える仲間をつくること。

相手が自分自身に対して同じことを考えてくれなくてもいいのだ。

自分自身が心からそう思えるようになることが重要なのである。

実際に日本という国はいい国で、本当に働けなくなると、

憲法で保証されているので、毎月生活保護で約15万円が支給されるように

なっているのだ。すでにこの制度を利用している人は約1000万人存在している

わけである。

そうなのだ。

何も心配する必要はないのである。ゆえに、仲間をつくることである。

家族でも、もちろんいい。家族が仲間でないというケースもあると思う。

気にくわない家族なら、おさらばすればいいのである。

何の問題もない。家族が未成年の子供であれば、見捨ててはいけないが、

それ以外ならおさらばすればいいのである。

自分にあった新しい仲間を探せばいいだけである。

雨風を防げる家に住み、1日3回食事ができ、仲間がいて、

1日の半分くらいをニコニコと笑って過ごすことができたら、

それを幸福というのではないだろうか。

なんかカルト教団みたいである。

リアリティのなかで、ニコニコ笑って暮らすことができるということが重要なのである。

カルト教団は、教祖のために洗脳されているからよくないのである。

普通の生活のなかで、ニコニコ笑って過ごすことが大切なのである。

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