不妊治療の医師から「ここはあんたの来るところじゃない」といわれた友人の話

日常の出来事

大学の時の友人から、ある時突然連絡が来た。まだインターネットが存在していない

時代の話である。1995年頃だったと思う。

二人で居酒屋へ飲みに行ったのだった。

そこでいろいろな話をしていくうちに、彼が不妊治療をしていて、

病院にいった時の話をしだしたのであった。

「精子の検査をしたら、ほとんどいなかったらしく、そうしたら先生が

『ここはあなたのような人が来る場所じゃないんだから、とっとと

かえってくれ』といったんだ」

彼は本当にやるせないような真顔でそう語った。

私はそんなことを、普通の医者が言うわけがないから、何かの勘違い

だろうというようなことをいったら、怒りだして、そのまま帰ってしまったのである。

それ以来、30年近く彼とは接触がない。

彼が嘘をいっているとは思えないわけである。

彼は本当にそういわれたと思っていることは事実だと思う。

でも、常識で考えて、医師がしかも、不妊治療の医師がそんなことを

いうわけがない。本当であれば、医師失格ではなく、人間失格である。

おそらく私の友人は、無精子症という事実を受け入れることができず、

ショックが気が動転してしまったのだと思う。

人間はあまりにも大きなショックを受けると、そのショックを和らげるために

全く違う記憶を持ってしまうことがあるからである。

幼い子供が性的虐待を受けると、それがきっかけで二重人格になってしまうことが

あるという。性的虐待を受けている自分と、普通に暮らしている自分が

同じ人間であるということを、精神が受け入れることができずに、

自分を守るために、精神が二つの人格をつくってしまうのだという。

性的虐待を受けている自分は別の人間だと思い込むことによって

精神を保とうとする本能なのだという。

私の友人もそれと同じような状況になってしまったのではないかと、今では思う。

当時の私は、その時にかなり強引に真実を聞き出そうとしてしまったのだ。

これはよくなかったと思っている。

考えてみると、私自身も似たような経験があったような気がする。

精神的に傷ついている人間に対しては、やさしく接することが大切である。

真実をあばくということが、必ずしも必要でないときがあるのだ。

この間、テレビを見ていたら、無精子症と診断された人でも、

睾丸に管を通し直接精子を採取すれば数十パーセントの確率で、

妊娠できる可能性があるというドキュメントをやっていた。

最近確率された医療技術とのことである。

子供が欲しいのに、子供が持てない人はかなり多くいるわけである。

おそらく彼とは、一生会うこともないのだと思う。

私は彼が幸福に暮らしていることを心から祈っている。

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