坂本龍馬の思考回路について

生きる理由

坂本龍馬を尊敬する人は多い。私もその一人である。彼は彼個人がどれだけ得をするかという思想ではなく、日本国にとって何が是なのであるかという視点で行動していたからである。多くの人は綺麗事をいっても、自分のことばかりを考えている。自分のことを優先させて、その上で「世の中のため」とかいっているわけである。だから信用できないのだ。ようは自分だけを例外にして、その他のことを改革しようとしているわけである。そういう人は普通の人だ。本当にたくさんいると思う。まず世の中をどのようによくするかを考え、それにあわせて自分を変えていくことが重要だ。結果として自分の既得権を失うことになったもである。それができるか否かが、人生の岐路なのである。坂本龍馬はそれができた人なのだ。ゆえに多くの人が尊敬しているのである。「この程度の既得権を維持するくらいはいいだろう」とほとんどの人は思うわけだ。この程度が、どの程度か決めるのが難しいのだ。そのさじ加減ができる人が、孫正義だったりユニクロの柳井さんだったりするのである。世の中がよくなれば、自分なんてどうなってもいい、なんていう思考回路というわけではなく、世の中をよくするのにはどうすべきなのか、だけを考えるのである。それに合致していることは進めるし、そうではないことはやらない、それだけである。どんな人間でも120年生きた人は誰もいないわけで、どんなに延命してもそんなものである。限りある人生の中で、何をすべきなのか?どうせやるなら、意味のあることをやってみたいものである。事の大小ではなく、どういう意味を持つかということのほうが重要なのである。天下国家的なテーマである必要などない。坂本龍馬はたまたま天下国家だっただけの話であり、孫正義は経済であり、マザーテレサは恵まれない人を助けるという行為だったわけである。日本人にとっては坂本龍馬の行動がもっともわかりやすい行動なのだと思う。くだらない人生とは、ぐだらない人間の既得権を守るために貴重な時間を費やすことだと思う。意味のいる人生とは、なんでもいいから世の中の人の役に立つことを成し遂げることだと思う。既得権者の利益の維持になっていないということが、ポイントである。

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