コロナ騒動で喜んでいる人は声を出さない

日常の出来事

コロナ問題が追い風になっている人は、実はけっこう多い。

もしかしたら、逆風の人より多いのかもしれない。

株価はそれを表している可能性すらある。

レナウンが倒産したのは、コロナとは関係なさそうである。

時期が若干早まったというのはあるかもしれないが、

話を聞く限り、コロナがあってもなくても破綻していた

はずである。

多くの企業の業績は悪化しているわけであるが、日本国全部が

悪化しているのだから、誰も前年同月比をベースで考えないので

実はそれほど深刻な問題ではないのだ。

無論、反論は山のようにあるだろうが、事実はそんなものである。

コロナで亡くなった人はかわいそうであるが、

実は昨年と比べてみると、インフル+コロナで亡くなった人の

数はむしろ減少しているのである。

日本国内で肺炎関連でなくなった総数は減っているのだ。

そう考えていくと、コロナ問題って、そんなに悪くない

のかもしれないと感じている。

結果として、在宅勤務化は進むし、都心への一極集中も緩和されるわけである。

企業が想定している最高利益を獲得することはできないだろうが、

日本国民のトータルの利益はむしろ上がっているのではない

だろうか。

別にポジティブシンキングとかではなく、客観的な事実として

そういう気がするのだ。

無論、憂鬱な人も多くいるだろう。

でもそういう人は、景気がよくても憂鬱なのだと思う。

気分がよくなったり、悪くなったりするのは、

経済との相関関係は必ずしもないのだ。

例えば、株の空売りで儲けている人は、株が下がるほど

儲かるわけである。

世の中の景気が悪化して、去年より利益が半分になったとしても、

まわりと比べてマシであれば、満足度はむしろ上がるものである。

なぜなら、幸福感というものは相対的なものだからである。

絶対的な幸福なんてないのだ。

生まれながらに貧乏ではない皇室に生まれた子供が幸福だと思えるか?

生まれてから、衣食住を心配することはないかもしれないが、

日本の50%以上の人間はそうであろう。

幸福とは、不幸から転換するから幸福なのであり、

ずっと同じ状況にいるということは、むしろ閉塞感の中にいるわけで

感覚的には、むしろ不幸なのかもしれない。

まあ、それは別にして

でも、こんな時期に、浮かれていたりすると不謹慎だと批難される

からしずかにしているのだ。

学校の先生なんかは、給料も下がらずに、仕事が減って

ウハウハな人も多いような気がする。

そんなことは口が裂けてもいえないだろう。

でも、そう思っているのだ。

幸福とは気の持ちようである。

起きた出来事をどのように解釈し、感じるのかで、

人生は決まるのである。

これを機に、都会を離れ、田舎暮らしをする人も多いだろう。

ものすごい楽しい人生になるだろう。

なんかうらやましい。

四国の山奥かなんかで、在宅勤務で、月に一回東京に出てくる

なんて、とっても素敵である。

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