日常で感じる「なんとなく」の感覚に従って生きること

熱い鍋に触れると、条件反射的に「あちっ」と手を離すわけである。

この感覚に従うことは、当たり前である。

ところが、それが精神的なものだったりすると、必ずしも多くの人は

自分の感じることとは逆のことをやったりするわけである。

例えば気に入らない上司にセクハラをされて嫌なのに、

「ここで我慢しないと会社をやめなくなるから我慢しよう」と思う女性社員は

多いはずだ。これは本能とは逆の判断を、自分なりの合理性で

判断しているからである。

すべての会社員は多かれ少なかれ、合法か非合法かは別にして、

そのような経験をしているものである。

そういう判断ができる人を「大人」と思っている人も多くいるわけだ。

でも、自分が感じた感覚のほうが正しいのである。

セクハラと言われる行為にしても、自分の大好きな人に納得の上でさせられたとすれば、

それはセクハラではない。

むしろ普通の恋人同士なのかもしれない。

ようするに、自分の感覚でいいと思うことだけをやり続けるということが

大切なのだ。

これは最初の熱い鍋のような話であり、人間には本能的にいいと思うものを

受け入れて、そうでないものを拒絶するものなのである。

それは百人いれば、百通りのパターンがあり、自分にしかわからないものなのである。

それに従って生きている人は、実は少ない。

多くの人は、なんらかの社会的規範に縛られて、自分の本能とは逆のことをやっているのだ。

自分がどう感じるかが重要なのだ。

「なんかいいなあ」と思うのか「なんか嫌だなあ」と思うのかは、

自分にしかわからない感覚である。

「どっちでもいいや」と思うとすれば、それはそれで正しい感覚なのである。

パグという犬がいる。

かわいいと思う人も、変な顔と思う人も、気味が悪いと思う人もいるわけで、

自分がどう感じるかが大切なのである。

他人にとやかく言われる筋合いではないのだ。

ただし一点だけ気をつけたいのは、それが合法なのか非合法なのかということである。

大麻を吸いたくても、日本では非合法だから、吸えば逮捕される。

それは日本ではやってはいけない。

電車で綺麗な人を見て抱きつきたいと思って、その通りやれば痴漢で逮捕されるわけである。

当たり前のことであるが、それは注意しないといけない。

でもどうしても大麻が吸いたいなら、合法の国はたくさんあるから、そこに行けばいいのだ。

法律を犯さない範囲で自由なことをやり続けると、

そこにあるのは幸福感に満ち溢れた人生なのである。

ホリエモンなんかは、そのいい実例だと思う。

思いつくままに、それを実践している人を列挙すると、

ドナルドトランプ、明石家さんま、ビートたけし、孫正義、マザーテレサ、

イチローなどである。

こういう人は成功した後のいい場面ばかりが目につくが、

ビートたけしなどはフライデー編集部に殴り込みをかけ逮捕されたりしているわけである。

先ほど、法律を遵守すべきといったのは、こういうことになることもあるからなのだ。

でも、本人は何も後悔していないだろう。

自分の思うように生きているのだから。

法律と自分の思うが衝突した時に、必ずしも法律を遵守するほうが正しいとは思わない。

法律よりも大事なものがあるからだ。

法律は人間がつくったものであり、本当にそれが正しいかどうかは別のものだからだ。

明治憲法では天皇は現人神であり、神の意志に背くと殺されたわけである。

その法律は正しいとはいえないだろう。

だけど、死ぬとわかっていながら死ぬよりも、生きるという選択肢のほうが尊いような気がする。

先ほどのビートたけしにしても、実刑はくらっていないので、

「それならいいや」という判断だったのかもしれない。

まあ、生きていくということは、それだけでけっこうハードなものなのである。

自分の意志に従う方が、わけのわからない権力に従うよりも、はるかにいい結果になると思う。

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