生きる喜びとは、若い人が幸福になるのを感じた時

若い人は自分よりも長く、この世で生きていくわけである。

その若い人が、私の力で少しでも幸福なれたとすれば、

それは本当に喜びである。

それを何でやるかというと、まあ仕事だろう。

子育てというものあるが、それは子供が大きくなると

難しくなっていくのだ。

小学生の時には、けっこう関わることができるが、

うちの息子二人は、18歳と、13歳である。

だんだん、父親としては関われなくなっているのだ。

むしろ、彼らの成長のためにも、私以外の大人との関わりのほうが

重要な年代になってきているように感じるのだ。

となると、私としては、仕事が重要になってくるのだ。

今やっている仕事の関わりの中で、若い人たちに、どれだけ影響を与えることが

できるのか?

でも、本当のことをいうと、こっちが受けるプラスの影響の

ほうが大きいような気がする。

彼らが私によって成長するよりも、私自身が成長することのほうが

はるかに大きいような気がする。

世の中はわからないことだらけである。

わからないことは、日々増えているわけだ。

新しいことが10個できると、さらにわからないことが100個ふえるのだ。

例えば、iPhoneに新機能ができるとする。そうすると、その新機能に対応した

新しい疑問がさらに増えていくのである。

それらをすべて把握していくことなんか不可能かもしれないが、

それが新しい世の中なのである。

解ろうが解るまいが、新しい世界は、新しいことがどんどん増えていくのである。

完璧にこなすことなどできないわけで、

とにかく出現する新しいことに、それなりに対応するということが正解なのだ。

とにかく対応することが100点なのである。

できなくても対応すれば、相対的に偏差値70くらいなのである。

正解とは、正しい答えを見つけることではなく、

正しい答えを見つけようとする態度や、意志なのである。

見つかるかどうかは、どうでもいいことなのだ。

今までの状態を維持しようとすることはよくなく、

とにかく新しいものを対応しようと思うことが正解なのである。

コロナの問題がきっかけで、世の中が大きく変化しようとしている。

日本という国は、明治維新と、太平洋戦争の敗北の時に

大きく変化したわけである。

それほど、大きな変革になるかどうかは別にして、けっこう今大きく世の中が

動いているような気がする。

私は53歳であるから、中途半端な年齢である。老人でもないし、若者でもない。

でも自分の利益がどうなっても、自分より若い人が幸福になる世界が実現するなら、

そっちのほうがいいと思う。

少なくとも、18歳と13歳の息子にとって、素晴らしいといえる社会になるのだとすれば

私自身が無一文になったとしても、全く問題ないわけである。

若いやつのほうが威張っている社会って素敵だと思う。

よのなかで一番威張っているのが、生まれたばかりの赤ちゃんで、一番

謙虚なのが、死ぬ間際のじいさんという社会が実現できたら、

それはかなりいい社会だと思う。

自民党の重鎮たちが本当に謙虚になる社会が実現できれば、それは本当にいい社会だと

思う。この人たちが、変わる社会である。

けっこう先の話なのかもしれないし、すぐなのかもしれない。

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